カフェやラウンジでおしゃれなBGMとして流れている音楽、「ジャズ」と「ボサノバ」。
どちらも心地よいですが、このジャズとボサノバの違いを明確に説明するのは難しい、と感じたことはありませんか。
雰囲気が似ているため混同されがちですが、実はその歴史やリズム、使われる楽器には明確な違いがあります。
例えば、ジャズとサンバの関係性も気になるところですね。
この記事では、ジャズとボサノバそれぞれの特徴を比較し、なぜ私たちが両者を混同してしまうのか、その理由を解き明かしていきます。
この記事を読めば、両者の決定的な違いが分かり、有名なアーティストや名曲を聴き比べながら、それぞれの魅力をより深く理解できるようになります。
- ジャズとボサノバの決定的な違いがわかる
- それぞれの音楽的な特徴(リズムや歴史)を理解できる
- 両者が融合した「ジャズ・ボッサ」の正体がわかる
- 聴いておくべき有名な名曲やアーティストを知れる
似ている? ジャズとボサノバの違い

BGMとして聴くと似ているように感じるジャズとボサノバですが、そのルーツや音楽的な「ルール」は全く異なります。
ここでは、両者の発祥からリズム、演奏スタイルまで、その決定的な違いを比較しながら解き明かしていきます。
ジャズの歴史とリズムの特徴
ジャズは、19世紀末から20世紀初頭にかけて、アメリカのニューオーリンズで生まれた音楽です。
ここは多様な文化が混ざり合う「るつぼ」のような場所で、アフリカ系アメリカ人の音楽やヨーロッパの音楽が融合してジャズが誕生しました。
ジャズの最大の特徴は、なんといっても「インプロヴィゼーション(即興演奏)」、つまりアドリブですね。
あらかじめ決められたコード進行の上で、各プレイヤーが自由にメロディを奏で、互いに対話するように演奏するのがジャズの醍醐味と考えられます。
リズムの基本は「4ビート」です。
ベースが1小節に4つの音を刻む「ウォーキングベース」が、音楽全体に推進力を与えます。
さらに、「スウィング」と呼ばれる独特の跳ねるようなリズム感が、ジャズ特有の躍動感を生み出しているわけです。
ハーモニー(和音)も非常に複雑で、「テンションコード」という緊張感のある響きを多用するのが特徴です。
この複雑さが、ジャズに都会的で知的な深みを与えていますね。
ジャズの発祥や歴史については、こちらの記事でも詳しく解説しています。
ジャズがどのようにして生まれ、発展していったのか、その背景を知るとさらに面白く聴こえるかもしれません。

ボサノバの歴史とリズムの特徴
一方、ボサノバは1950年代後半にブラジル、リオデジャネイロで生まれました。
ポルトガル語で「新しい感覚」を意味する言葉で、その名の通り、当時としては非常に革新的な音楽でした。
ボサノバの誕生には、ブラジルの情熱的な大衆音楽「サンバ」が深く関わっています。
ボサノバは、このサンバのリズムをベースに、ジャズの洗練されたハーモニーを取り入れて生み出された音楽なのです。
ジャズが「自由」や「緊張感」を特徴とするのに対し、ボサノバは「抑制された美学」が特徴です。
情熱的なサンバのリズムを知的に、そして静かに演奏するスタイルが生まれました。
その最大の特徴が、ジョアン・ジルベルトが確立した「バチーダ(Batida)」と呼ばれるギター奏法です。
これは、サンバの打楽器隊の複雑なリズムを、たった1本のナイロン弦ギターで表現しようとする試みでした。
親指が2ビートのベースラインを刻みながら、他の指が8ビートを基調とした和音を独特のタイミングで「食い込ませる」ように弾く。
このミニマルながら高度なリズムが、ボサノバの心地よい浮遊感を生み出しています。
また、ボサノバは「歌」が主体であり、声を張り上げず、囁くように歌う「ウィスパーボイス」も大きな特徴ですね。
決定的な違いを聴き比べ
ジャズとボサノバは、どちらも洗練されたハーモニー(和音)を使うという共通点があるため、BGMとして聴くと似た印象を受けるかもしれません。
しかし、これまで見てきたように、その本質は大きく異なります。
ここで、両者の決定的な違いを整理してみましょう。
| 項目 | ジャズ (Jazz) | ボサノバ (Bossa Nova) |
|---|---|---|
| 発祥地 | アメリカ(ニューオーリンズ) | ブラジル(リオデジャネイロ) |
| 基本リズム | 4ビート | 2ビート+8ビート |
| リズム感 | スウィング(跳ねる) | バチーダ(食い込む) |
| 演奏の主体 | 楽器(即興演奏) | 歌(ウィスパーボイス) |
| 主要楽器 | サックス、トランペット、ピアノ、ドラム | ナイロン弦ギター |
| 雰囲気 | 都会の夜、エネルギッシュ、緊張感 | ビーチの昼下がり、リラックス、抑制的 |
このように並べてみると、全く異なる音楽であることがよくわかりますね。
ジャズは「楽器による即興演奏と緊張感」が主役であり、ボサノバは「ギターのリズムと囁く歌による抑制された美」が主役、というわけです。
BGMとしての特徴の違い
これだけ音楽的な違いがあるにもかかわらず、なぜ私たちはジャズとボサノバを混同してしまうのでしょうか。
私が思うに、それは両者がBGMとして利用される際の「機能」が非常によく似ているからだと考えられます。
どちらも「会話を邪魔しない程度のおしゃれな雰囲気」を演出し、その空間を知的に彩る力を持っています。
ただし、その雰囲気には微妙な違いがあります。
- ジャズ(特にピアノトリオなど)
都会的で少し緊張感のある、知的な空間を演出するのに向いています。バーやホテルのラウンジなどでよく耳にしますね。 - ボサノバ
「カフェ音楽の王道」とも言われるように、リラックスした雰囲気作りに最適です。
ボサノバの持つ、「ナイロン弦ギター」の柔らかい音色、囁くようなボーカル、そして控えめなリズムは、空間の雰囲気を壊さずに心地よく馴染みます。
この「主張の弱さ」こそが、BGMとしてのボサノバの最大の強みと言えるでしょう。
サンバとの関係性は?
ボサノバを語る上で欠かせないのが、ブラジルの国民的音楽「サンバ」の存在です。
結論から言うと、ボサノバはサンバから派生した音楽です。
サンバは、カーニバルで演奏されるような、打楽器が打ち鳴らされる情熱的でエネルギッシュな大衆音楽です。
ボサノバの創始者たちは、このサンバの複雑なリズムを、もっと静かに、知的に演奏できないかと考えました。
そして生まれたのが、サンバのリズム構造をギター1本でミニマルに表現する「バチーダ」奏法だったのです。
つまり、ボサノバは「サンバの情熱的なリズム」と「ジャズの知的なハーモニー」が出会って生まれた、全く新しい音楽というわけですね。
ちなみに、「マシュ・ケ・ナダ」や「トリステーザ(悲しみ)」といった曲は、ボサノバのスタンダード曲として有名ですが、厳密にはサンバの曲です。
これらがジャズ・ボサノバ風にアレンジされて世界的にヒットしたため、ボサノバの曲として広く認識されています。
融合した音楽「ジャズ・ボサノバ」

私たちが「ジャズ ボサノバ」と検索するとき、実は純粋なジャズでも、ブラジル生まれのボサノバでもない、「第三の音楽」を探していることが多いのです。
ここでは、両者が出会い、世界的なブームとなった「ジャズ・ボッサ」の歴史と、聴いておくべき名盤をご紹介します。
アメリカでの融合とブーム
1960年代初頭、ブラジルで生まれたばかりのボサノバは、アメリカのジャズミュージシャンたちによって見出されます。
その火付け役となったのが、1962年にリリースされたアルバム『Jazz Samba』です。
ジャズ・サックス奏者のスタン・ゲッツと、ギタリストのチャーリー・バードが共演したこのアルバムは、アメリカで大ヒットを記録し、ボサノバ・ブームが巻き起こりました。
そして、このブームを決定的なものにしたのが、1964年の歴史的名盤『Getz/Gilberto』です。
このアルバムは、アメリカのスタン・ゲッツ(サックス)と、ボサノバの創始者であるアントニオ・カルロス・ジョビン(ピアノ)、ジョアン・ジルベルト(ギター・歌)という、米伯の巨匠たちが共演した奇跡的な作品でした。
このアルバムからシングルカットされた「イパネマの娘」は世界中で大ヒットしました。
この曲がヒットした大きな要因は、ジョアン・ジルベルトのポルトガル語の歌に加え、当時無名だった妻のアストラッド・ジルベルトが英語で歌うパートを追加したことでした。
この英語のボーカルが、アメリカ市場で受け入れられる大きな鍵となったと考えられます。
有名なアーティストたち
「ジャズ・ボサノバ」というジャンルを理解する上で欠かせない、重要人物たちをご紹介します。
ボサノバの創始者たち(ブラジル)
- アントニオ・カルロス・ジョビン (Antônio Carlos Jobim)
「ボサノバの父」と呼ばれる偉大な作曲家です。「イパネマの娘」や「デサフィナード」など、ボサノバの名曲の多くは彼の手によるものです。ジャズの素養があり、その洗練されたハーモニーがボサノバの知的な側面を支えました。 - ジョアン・ジルベルト (João Gilberto)
ボサノバの演奏スタイルを確立した「神様」的な存在です。前述の「バチーダ」奏法と「ウィスパーボイス」を生み出し、その後のミュージシャンに絶大な影響を与えました。
融合の立役者たち(アメリカ)
- スタン・ゲッツ (Stan Getz)
アメリカのジャズ・テナーサックス奏者です。ボサノバのメロディを、その歌心あふれる美しいトーンで演奏し、アメリカにおけるボサノバ・ブームの最大の功労者となりました。
世界へ広めたアーティスト
- アストラッド・ジルベルト (Astrud Gilberto)
ジョアン・ジルベルトの当時の妻で、「イパネマの娘」で英語のボーカルを担当し、一躍スターとなりました。「ボサノバの女王」と呼ばれています。 - セルジオ・メンデス (Sérgio Mendes)
「セルジオ・メンデス&ブラジル'66」を率い、「マシュ・ケ・ナダ」のヒットで、ボサノバをよりポップな音楽として世界に広めました。
ジャズ・ボッサの有名な名曲
ジャズ・ボサノバを聴き始めるなら、まずはこれらのスタンダード曲から入るのがおすすめです。
多くがアントニオ・カルロス・ジョビンによって作曲されています。
- イパネマの娘 (The Girl From Ipanema)
『Getz/Gilberto』に収録され、世界的にヒットした、まさにジャズ・ボサノバを象徴する一曲です。アストラッド・ジルベルトの素朴な英語の歌声が印象的ですね。 - デサフィナード (Desafinado)
ボサノバ初期の重要な曲で、『Jazz Samba』と『Getz/Gilberto』の両方で取り上げられました。ジョビンの複雑なメロディとハーモニーが特徴です。 - 波 (Wave)
ジョビンの同名アルバムに収録されたインストゥルメンタル(楽器のみ)の名曲です。その洗練された雰囲気は、まさに「おしゃれなBGM」の代表格と言えるでしょう。 - マシュ・ケ・ナダ (Mas Que Nada)
前述の通り、厳密にはサンバですが、セルジオ・メンデス&ブラジル'66によるカバーが大ヒットし、ジャズ・ボッサの定番曲として知られています。 - おいしい水 (Água de Beber)
こちらもジョビンによる初期のレパートリーで、多くのアーティストにカバーされています。
現代に続く名曲の系譜
1960年代のブームが去った後も、ボサノバの音楽的遺産は形を変えて現代に息づいています。
特に日本では、ボサノバは「カフェ音楽」や「音のインテリア」として独自の人気を確立しました。
この普及に大きく貢献したのが、アーティストの小野リサさんです。
彼女の本質的なボサノバ表現は高く評価され、日本とブラジル音楽の架け橋となっています。
また、現代のジャズシーンでも、ボサノバやブラジル音楽の要素を取り入れたアーティストが活躍しています。
例えば、繊細なボーカルが魅力のグレッチェン・パーラトなどは、その系譜を受け継いでいると言えるでしょう。
このように、ジャズ・ボサノバは単なる過去のブームではなく、現代の音楽にも影響を与え続ける普遍的な魅力を持っていると考えられます。
混乱の理由とジャズ・ボサノバ

ジャズとボサノバの違いについて解説してきましたが、なぜ私たちがこれほどまでに両者を混同してしまうのか、その理由と結論をまとめます。
- ジャズとボサノバは発祥地もリズムも異なる全く別の音楽
- ジャズはアメリカ発祥の「4ビート」と「即興演奏」の音楽
- ボサノバはブラジル発祥の「バチーダ(2/8ビート)」と「囁く歌」の音楽
- 両者は「洗練されたハーモニー(和音)」を使う共通点がある
- BGMとして「おしゃれな雰囲気」を出す機能が似ている
- このため、一般のリスナーには違いが分かりにくい
- しかし、混乱の最大の理由は「ジャズ・ボサノバ」という融合ジャンルの存在
- 1960年代にアメリカのジャズミュージシャンがボサノバを取り入れた
- スタン・ゲッツの『Jazz Samba』『Getz/Gilberto』が世界的に大ヒット
- この時ヒットしたのは、純粋なボサノバではなかった
- それはジャズのサックスソロや英語の歌が加わった「アメリカナイズされた」音楽
- これが「ジャズ・ボッサ」と呼ばれる第三のジャンル
- 日本で「ボサノバ」として親しまれている音楽の多くは、実はこの「ジャズ・ボッサ」
- 私たちが「ジャズ ボサノバ」と検索する時、この融合ジャンルを探していることが多い
- ジャズとボサノバは違う、しかし私たちが聴くボサノバは既にジャズと融合している









