ジャズのジャンルを調べていると、「クールジャズ」という言葉に出会うことがありますね。
なんとなく「冷静」や「落ち着いた」イメージはあっても、その具体的な特徴や、他のジャズとどう違うのかは分かりにくいかもしれません。
特に、モダン・ジャズの代表格であるビバップとの違いや、クールジャズの歴史の中でマイルス・デイヴィスがどのような役割を果たしたのかは、多くの人が疑問に思うポイントだと考えられます。
また、ウエスト・コースト・ジャズとの関係性や、チェット・ベイカー、モダン・ジャズ・カルテット(MJQ)といった代表的なアーティストたちがどのような音楽を生み出したのか、初心者にも分かりやすいおすすめの名盤があれば知りたい、と感じている方もいらっしゃるでしょう。
この記事では、そんなクールジャズに関する様々な疑問を解消していきます。
- クールジャズが持つ基本的な音楽的特徴
- ビバップやウエスト・コースト・ジャズとの関係性
- ジャンルの誕生に欠かせない重要人物と歴史
- まず聴いてみたい初心者へのおすすめ名盤
クールジャズとは?その基本的な特徴

クールジャズと聞くと、どのような音楽を想像されますか? ここでは、その名前が示す「クール」な魅力の正体、つまり音楽的な特徴や、他のジャンルとどう違うのかを掘り下げていきます。
クールジャズとは何か?
クールジャズは、1940年代の終わりごろから1950年代にかけて登場したモダン・ジャズの一つのスタイルです。
その名前の通り、全体的に「クール=冷静」で、リラックスした雰囲気が最大の特徴と言えます。
感情的で熱狂的な演奏よりも、知的で洗練された響きや、構成の美しさを重視したスタイル、と考えると分かりやすいかもしれません。
聴いていて心地よい、落ち着いた時間を過ごしたい時にフィットするジャズの一つだと考えられます。
ビバップとの決定的な違い
クールジャズを理解する上で欠かせないのが、直前に主流だった「ビバップ」との比較です。
ビバップは、超高速なテンポと、演奏者同士が技巧を競い合うような、非常に熱狂的でアグレッシブな音楽でした。
それに対してクールジャズは、意図的にその熱狂を抑えます。
- テンポ
高速なビバップに対し、クールジャズはミドル〜スローテンポが中心。 - 雰囲気
ビバップが「熱い(ホット)」なら、クールジャズは「冷静(クール)」。 - 即興演奏
ビバップがスリリングなソロを重視したのに対し、クールジャズはソロがアンサンブル全体に溶け込むような、構成美を重視する傾向があります。
つまり、クールジャズはビバップの持つ極端なまでの複雑さやスピードに対する「反動」として生まれ、よりリラックスして聴ける、洗練されたジャズを目指したスタイルだと言えるわけです。
ビバップについて、さらに詳しく知りたい方へ
ビバップの歴史や、チャーリー・パーカーなどの代表的なアーティストについて深く掘り下げた記事もご用意しています。
クールジャズとの違いをより明確に理解するために、ぜひ併せてお読みください。

音楽的な特徴と抑制された響き
クールジャズの「冷静さ」は、具体的にどのような音楽的特徴から生まれるのでしょうか。
一つは、ハーモニー(和声)の扱いです。
ビバップが複雑なコード進行を多用したのに対し、クールジャズは響きの美しさや透明感を重視します。
複数のメロディラインが同時に絡み合う「対位法」的な手法が使われることもあり、クラシック音楽、特に室内楽に近い知的な印象を与えますね。
また、リズムセクション、特にドラムの役割も異なります。
ビバップのドラマーがソロイストを煽るように激しいアクセント(ボム)を多用したのに対し、クールジャズのドラムは、より安定したタイムキープに徹し、全体のアンサンブルを静かに支える役割を担うことが多いです。
特徴的な楽器とアンサンブル
クールジャズのサウンドを決定づける上で、楽器の「音色(ねいろ)」は非常に重要です。
例えばトランペットでは、マイルス・デイヴィスが使ったハーマン・ミュート(弱音器)による、あの「ポワ〜」という少し鼻にかかったような抑制的な音色や、チェット・ベイカーの太く柔らかい音色などが、クールジャズの象徴とされています。
また、編成(アンサンブル)も特徴的です。
通常の4人組や5人組(コンボ)だけでなく、『クールの誕生』のように9人組(ノネット)といった、コンボより大きくビッグバンドより小さい編成が採用されることもありました。
これは、即興ソロのためというより、緻密に練られた編曲(アレンジ)による室内楽的な響きを実現するためだったと考えられます。
ウエストコーストジャズとの関係
クールジャズを調べていると、必ずと言っていいほど「ウエスト・コースト・ジャズ」という言葉が出てきます。
これは、1950年代にロサンゼルスを中心としたアメリカ西海岸で隆盛したジャズのスタイルです。
このウエスト・コースト・ジャズは、クールジャズの持つ「リラックスした雰囲気」や「洗練されたアレンジ」といった特徴を色濃く受け継いでいます。
東海岸(ニューヨーク)のクールジャズが、時に理論的でストイックな側面を持つのに対し、西海岸のそれは、カリフォルニアの開放的な気候も相まって、より明るく、メロディアスで聴きやすいサウンドが特徴とされています。
そのため、大衆的な人気を得やすく、クールジャズが広く一般に浸透する上で大きな役割を果たしたと言えます。
モダンジャズ全体の流れを知りたい方へ
クールジャズやウエストコーストジャズは、「モダンジャズ」という大きなカテゴリーに含まれます。
モダン・ジャズ全体の歴史や他のスタイル(ハードバップなど)との関係性を知ることで、クールジャズの立ち位置がより明確になります。

クールジャズを代表する名盤と歴史

クールジャズの魅力が、その音楽的特徴だけでなく、多くの個性的なアーティストたちによって形作られてきたことがお分かりいただけたかと思います。
ここでは、クールジャズの歴史を築いた中心人物と、その音楽に触れるために欠かせない名盤を見ていきましょう。
歴史はマイルス・デイヴィスから始まった
クールジャズの歴史を語る上で、トランペット奏者マイルス・デイヴィスの存在は絶対に外せません。
彼こそが、この新しいジャズの方向性を決定づけた人物です。
1949年から1950年にかけて、マイルスはギル・エヴァンスやジェリー・マリガンといった優れたアレンジャーたちと共に、革新的なレコーディングを行いました。
これが後に『Birth of the Cool(クールの誕生)』というアルバムにまとめられます。
この作品は、ビバップの熱狂とは一線を画す、緻密なアレンジと抑制されたトーンで統一されており、文字通り「クールジャズの誕生」を告げる記念碑的な作品となりました。
私自身、マイルスがビバップの創始者の一人であるチャーリー・パーカーのバンドにいたにも関わらず、早々にその限界を感じ取り、全く新しい美学を提示したことに、彼の尽きない探求心を感じずにはいられません。
聴いておくべき主要アーティスト
クールジャズはマイルスによって始まりましたが、そのスタイルは多くの才能あるミュージシャンによって、異なる方向性へと発展していきました。
東海岸では、ピアニストのレニー・トリスターノが、より理論的で知的な、厳格な構成美を追求しました。
彼の音楽は時に難解とも評されますが、クールジャズの持つ「知性」の側面を突き詰めた、重要な存在です。
一方、西海岸では、先ほども触れたウエスト・コースト・ジャズが花開きます。
その代表格が、次で紹介するチェット・ベイカーやバリトン・サックス奏者のジェリー・マリガンなどです。
チェット・ベイカーの魅力と功績
ウエスト・コースト・ジャズ、ひいてはクールジャズ全体を象徴するアイコンと言えば、トランペッターでありヴォーカリストでもあったチェット・ベイカーでしょう。
彼のトランペットの音色は、マイルスとはまた違った魅力を持つ、太く柔らかく、どこか中性的な響きが特徴です。
さらに、その甘いルックスと、トランペットの音色と見事にシンクロする、力の抜けた「ささやくような」ヴォーカルは、ジャズファン以外の大衆をも魅了しました。
特にヴォーカルに焦点を当てたアルバム『Chet Baker Sings』は、クールジャズの持つリラックスした雰囲気とメロディアスな側面が最も分かりやすく表現された作品の一つで、彼の人気を決定づけましたね。
モダン・ジャズ・カルテットの洗練
クールジャズの「知的」「洗練」という側面を、最も高いレベルで結実させたグループが、モダン・ジャズ・カルテット(MJQ)です。
ピアノのジョン・ルイス(彼は『クールの誕生』にも参加していました)、ヴィブラフォンのミルト・ジャクソンら4人からなるこのグループは、ジャズにクラシック音楽、特にバッハのようなバロック音楽の対位法や形式美を導入しました。
タキシードに身を包み、コンサートホールで演奏するというスタイルも相まって、彼らの音楽は非常にエレガント。
ジャズの即興性とクラシックの構成美が見事に融合した、まさに「大人のためのジャズ」といった趣があります。
『Django』などの名盤で聴けるその緻密なアンサンブルは、40年もの長い活動期間を通じて磨き上げられた職人芸と言えるでしょう。
初心者におすすめの名盤
クールジャズに初めて触れる方には、どのアルバムから聴けば良いか迷うかもしれませんね。
1. リラックスした雰囲気を楽しみたいなら
まずは、チェット・ベイカーの『Chet Baker Sings』がおすすめです。
彼の柔らかなトランペットと気だるいヴォーカルは、クールジャズのリラックスした魅力を最も手軽に味わわせてくれます。
2. 知的で洗練されたアンサンブルなら
モダン・ジャズ・カルテット(MJQ)の作品、例えば『Django』やアトランティック・レーベル時代の諸作品が良いでしょう。
クラシック音楽のような構成美と、ジャズ特有のブルージーな感覚が絶妙に同居しています。
3. ジャンルの起源に触れたいなら
やはり、マイルス・デイヴィスの『Birth of the Cool』は外せません。
少し難しく感じるかもしれませんが、ここで提示されたサウンドが、その後のジャズの歴史を大きく変えたと知って聴くと、また違った感慨があるはずです。
ジャズ入門に迷ったら
クールジャズに限らず、ジャズ全体の聴き方や、他のジャンルの名盤についても知りたい場合は、こちらの入門ガイドが役立つかもしれません。
ジャズの世界を広げるための一助としてご覧ください。

まとめ:クールジャズの魅力に触れよう

クールジャズとは何か、その特徴から歴史、名盤までを解説してきました。
最後に、この記事の重要なポイントをまとめます。
- クールジャズは1940年代末から50年代に登場したモダン・ジャズのスタイル
- 最大の特徴は「クール(冷静)」でリラックスした雰囲気
- ビバップの熱狂性や超高速テンポに対する反動として生まれた
- テンポはミドル〜スローが中心
- 感情の抑制と知的な洗練性が重視された
- 即興ソロよりもアンサンブル全体の構成美を重視する傾向がある
- ハーモニーの響きの美しさや透明感が追求された
- ドラムは安定したタイムキープに徹することが多い
- ミュート・トランペットなど抑制的な音色が好まれた
- 室内楽的な響きを目指し、9人組などの編成も用いられた
- 歴史はマイルス・デイヴィスの『Birth of the Cool』から始まった
- クールジャズには二つの大きな潮流があった
- 一つはレニー・トリスターノ派に代表される東海岸の知的・理論的なアプローチ
- もう一つは西海岸の明るくメロディアスな「ウエスト・コースト・ジャズ」
- チェット・ベイカーはウエスト・コースト・ジャズの象徴的存在
- モダン・ジャズ・カルテット(MJQ)はクラシックとジャズを融合させ、洗練性を極めた
- 初心者はチェット・ベイカーやMJQから入るのが聴きやすい
- クールジャズは後のモード・ジャズなど、ジャズの発展に大きな影響を与えた








