ジャズを聴き始めたとき、ジャズバンド編成の違いがよくわからず、戸惑うことがありますね。
3人編成のトリオや4人編成のカルテット、5人編成のクインテットといった人数による違いはわかっても、それぞれがどんな楽器で構成され、どんな役割を果たしているのか、最初はなかなかつかみにくいものです。
また、コンボと呼ばれる小編成と、迫力のあるビッグバンドとでは、編成の考え方自体が大きく異なります。
私自身、リズム・セクションやフロントといった用語の意味を知ることで、ジャズの聴こえ方がガラリと変わった経験があります。
この編成の「設計図」を理解することは、ジャズをより深く楽しむための第一歩だと考えられます。
この記事では、ジャズバンドの編成について、基本的な種類から各楽器の具体的な役割まで、分かりやすく解説していきます。
- ジャズ編成の2大分類「コンボ」と「ビッグバンド」の違い
- 「リズム・セクション」を構成する楽器の具体的な役割
- トリオ、カルテットなど人数別の代表的な編成
- ビッグバンドや特殊な編成の特徴
ジャズバンド編成の基本と楽器の役割

ジャズバンドの編成は、単なる人数の違いだけではありません。
そのバンドがどんな音楽を目指しているのか、その「設計図」そのものを示していると言えますね。
まずは、ジャズ編成を理解する上で最も重要な「基本の種類」と、バンドの土台を支える「楽器の役割」について見ていきましょう。
編成の2大種類 コンボとビッグバンド
ジャズのバンド編成は、大きく2つのカテゴリーに分けられます。
これは、ジャズが持つ「自由な即興性」と「構築的なアンサンブル」という、2つの側面を象徴していると考えられます。
- コンボ (Combo)
「コンビネーション」の略で、小編成のバンドを指します。一般的に2人(デュオ)から8人(オクテット)程度までを指すことが多いですね。コンボの最大の魅力は、メンバー間のスリリングなインタープレイ(相互作用)と、各奏者の自由なアドリブ(即興演奏)にあります。特にモダン・ジャズ以降、このコンボ形式が主流となりました。 - ビッグバンド (Big Band)
スウィング時代に全盛期を迎えた大編成バンドです。コンボとは対照的に、緻密に計算されたアレンジ(編曲)と、各セクションが一体となって生み出す「分厚くゴージャスなアンサンブル」が魅力です。即興演奏ももちろんありますが、集団としての調和と力強さが優先される編成というわけです。
ジャズバンドの人数別呼称一覧
ジャズ、特にコンボ編成では、人数ごとに特有の呼称が使われます。
これはラテン語が由来となっており、ジャズを語る上での共通言語のようなものです。
| 人数 | 日本語呼称 | 英語呼称 |
|---|---|---|
| 1人 | ソロ | Solo |
| 2人 | デュオ | Duo |
| 3人 | トリオ | Trio |
| 4人 | カルテット | Quartet |
| 5人 | クインテット | Quintet |
| 6人 | セクステット | Sextet |
| 7人 | セプテット | Septet |
| 8人 | オクテット | Octet |
| 9人 | ノネット | Nonet |
リズム・セクションの楽器と役割
コンボ編成は、その人数にかかわらず、機能によって2つのセクションに分類されます。
この構造を理解することが、編成の違いを理解するカギとなります。
- リズム・セクション (Rhythm Section)
バンドの「エンジン」であり、音楽の土台となるリズム、ハーモニー(和音)、ベースラインを供給します。基本となる楽器は、ピアノ(またはギター)、ベース、ドラムスの3つです。 - フロントライン (Frontline)
バンドの「声」であり、楽曲のメロディ(テーマ)を演奏し、アドリブ・ソロの中心的な役割を担います。基本となる楽器は、サックス、トランペット、トロンボーンなどの管楽器(ホーン楽器)です。
この2つの組み合わせで、コンボ編成は説明できます。
「ピアノ+ベース+ドラムス」の3人を「基本セット」として考えると、非常に分かりやすいですね。
- トリオ
リズム・セクション3人(フロント0人) - カルテット
リズム・セクション3人 + フロント1人 - クインテット
リズム・セクション3人 + フロント2人
ベースの役割 ウォーキングベース
ジャズベースは、バンドの土台としてリズムとハーモニーの両方を同時に支える、非常に重要な楽器です。
その代名詞とも言える奏法が「ウォーキング・ベース」です。
これは、ベースが1小節に4つの音を均等に刻む「4ビート」を基本としながら、ただコードの根音(ルート音)を弾くだけでなく、メロディックに「歩く(Walking)」ように動くことを指します。
熟練したベーシストは、コードの構成音の間に、次のコードへ滑らかにつなぐための「経過音」を即興で織り交ぜていきます。
このベースラインが、ソリストのインスピレーションを刺激し、バンド全体のグルーヴ(ノリ)を決定づけるわけです。

ピアノの役割 コンピングとは
ピアノやギターといった和音楽器は、メロディやソロを弾くだけでなく、他の奏者がソロを取っている間の「伴奏」という重要な役割を持ちます。
この伴奏を、ジャズ用語で「コンピング(Comping)」または「バッキング(Backing))」と呼びます。
ジャズのコンピングは、J-POPやロックのようにコードをジャカジャカと弾き続けることとは異なります。
コンピングの核心は、ソリストが演奏するメロディ(フレーズ)の「隙間」を見つけ、そこにリズミカルに和音を「配置(Comp)」することにあります。
この音を入れるタイミングが非常に重要で、ソリストとの「対話」そのものと言えますね。
時にはコード譜にない音を即興で加え、ソリストを刺激し、演奏をより高い次元へと導きます。

ドラムの役割 スウィングの維持
ジャズドラムもまた、単に時間を刻むタイムキーパーではありません。
ソリストと対話し、楽曲のエネルギーの起伏をリードする「指揮者」のような役割を果たします。
最も重要な機能は、ジャズ特有のスウィング感(3連符を基調とした跳ねるようなリズム)をバンド全体に供給することです。
これは主に「ライド・シンバル」を独特のパターン(チーン・チキ・チーン・チキ)で叩くことによって生み出されます。
また、曲の展開に応じてビートのパターンを能動的に切り替えるのもドラムスの重要な役割です。
例えば、テーマ(メロディ)の部分では落ち着いた「2ビート」で支え、アドリブ・ソロが始まった瞬間に情熱的な「4ビート」に切り替える、といった具合です。
このビートの転換が、演奏のエネルギーを劇的に変化させるわけです。

人数で見るジャズバンド編成の種類

リズム・セクションという土台を理解したところで、次はコンボ(小編成)の具体的なバリエーションを見ていきましょう。
デュオ(2人)からセクステット(6人)まで、人数が変わることで音楽の特性やコミュニケーションの密度がどう変わるのかに注目すると面白いですよ。
ピアノトリオの編成と多様性
3人編成のトリオは、ジャズにおいて非常に人気があり、また最も多様な形態を持つ編成と考えられます。
1. ピアノ・トリオ (Piano Trio)
- 楽器: ピアノ + ベース + ドラムス
- 特徴: 現代において「ピアノ・トリオ」といえば、一般的にこの編成を指します。モダン・ジャズのスタンダードであり、ピアノがメロディ、ハーモニー、ソロの全てを担う、非常に表現力の豊かな編成です。
2. ギター・トリオ (Guitar Trio)
- 楽器: ギター + ベース + ドラムス
- 特徴: ピアノの代わりにギターが和音とソロを担当します。
3. オルガン・トリオ (Organ Trio)
- 楽器: ハモンド・オルガン + ギター + ドラムス
- 特徴: 最大の特徴は、オルガン奏者が左手や足(ベースペダル)でベースラインも同時に演奏するため、「ベース奏者がいない」点です。非常にファンキーでソウルフルなサウンドが多いですね。
4. サックス・トリオ (Saxophone Trio)
- 楽器: サックス + ベース + ドラムス
- 特徴: ピアノやギターのような和音楽器が存在しない編成です。そのため、ハーモニー(コード進行)の提示がサックスとベースの即興演奏に委ねられ、非常に高度な技術と自由な空間表現が求められます。

カルテット ワンホーン編成の魅力
4人編成のカルテットは、コンボの中で最もバランスが取れ、人気の高い編成の一つです。
標準的な編成は「ワンホーン・カルテット」と呼ばれます。
- 楽器: フロント楽器 x 1 + リズム・セクション x 3
- 代表例: サックス + ピアノ + ベース + ドラムス
特徴は、1人のフロント奏者(ホーン奏者)にスポットライトが当たることです。
そのため、その奏者の個性や音楽性が存分に発揮されます。
ジャズの歴史を革新したサックス奏者、ジョン・コルトレーンの「クラシック・カルテット」も、まさにこの編成でした。
クインテット モダン・ジャズの完成形
5人編成のクインテット、特に「ツーホーン・クインテット」は、モダン・ジャズを象徴する、完成された編成とされています。
- 楽器: フロント楽器 x 2 + リズム・セクション x 3
- 代表例: トランペット + サックス + ピアノ + ベース + ドラムス
ホーンが2本になることで、音楽的な可能性が飛躍的に広がります。
メロディを2つの楽器でハモったり、ソロの「掛け合い(Trading)」を行ったりと、カルテットよりも複雑でダイナミックなアンサンブルが可能になるわけです。
トランペット奏者マイルス・デイヴィスが率いた「黄金のクインテット」は、この編成の代表例と言えますね。

ビッグバンド編成の楽器と特徴
ビッグバンドは、コンボとは編成の思想が根本から異なります。
コンボが「個人の集合体」であるのに対し、ビッグバンドは「セクションという部品で構成されたシステム」です。
現代のスタンダードなビッグバンドは、合計17人編成が基本とされています。
- サックス・セクション (5人): アルト2、テナー2、バリトン1
- トランペット・セクション (4人)
- トロンボーン・セクション (4人)
- リズム・セクション (4人): ピアノ、ギター、ベース、ドラムス
ビッグバンドの最大の特徴は、各セクション内での「役割の専門化」です。
例えば、トランペット・セクションの1番奏者(リード・トランペッター)は、超高音域でバンド全体を牽引しますが、スタミナ温存のためにアドリブ・ソロを弾くことはほぼありません。
ソロは2番や4番の奏者が担当する、という具合に分業化されているわけです。
また、コンボでは花形のギターも、ビッグバンドでは「チャッ、チャッ」と正確なリズムを刻むことに専念し、バンドのスウィング感を支えるパーカッションのような役割を担うことが多いのも特徴的です。

ボーカルやフュージョンの編成
ジャズの編成は非常に柔軟で、これまで見てきた以外にも多様な形態が存在します。
ボーカル編成
ジャズ・ボーカリストは、サックスやトランペットと同じ「フロントライン」として扱われます。
そのため、伴奏の編成によって形態が決まります。
- デュオ: ボーカル + ピアノ
- カルテット: ボーカル + ピアノ + ベース + ドラムス(最も一般的)
- ビッグバンド: フル・ビッグバンドをバックに歌うゴージャスな編成
フュージョン編成
ジャズとロックやファンクが融合した「フュージョン」というジャンルでは、編成も大きく変化します。
- 使用楽器: 伝統的なアコースティック楽器に加え、エレキギター、エレキベース、シンセサイザーといったエレクトリック楽器が全面的に導入されます。
- リズム: スウィングだけでなく、ロックの8ビートやファンクの16ビートも多用されます。
70年代以降にジャズを大きく変えた「フュージョン」のサウンドや歴史、代表的なアーティストについては、こちらのガイドで詳しく紹介しています。

ジャズバンド編成を知り音楽を深く楽しむ

ジャズバンド編成について、基本から応用までをまとめました。
- ジャズの編成は「コンボ」(小編成)と「ビッグバンド」(大編成)に大別される
- コンボは「リズム・セクション」と「フロントライン」で構成される
- リズム・セクションはピアノ、ベース、ドラムスが基本
- フロントラインはサックスやトランペットなどのメロディ楽器
- ベースの役割はウォーキング・ベースでリズムとハーモニーを支える
- ピアノの役割はコンピングでソリストと対話する
- ドラムスの役割はスウィング感を維持し展開をリードする
- デュオは2人、トリオは3人、カルテットは4人、クインテットは5人
- ピアノ・トリオは「ピアノ+ベース+ドラムス」
- サックス・トリオは和音楽器がない編成
- カルテットは「フロント1人+リズム3人」のワンホーンが基本
- クインテットは「フロント2人+リズム3人」のツーホーンが基本
- ビッグバンドは17人編成が標準でセクションごとに役割が分かれている
- ビッグバンドのギターはリズムカッティングに専念することが多い
- ボーカルやフュージョンなど、ジャンルによっても編成は多様に変化する
編成という「設計図」を理解すると、それぞれの楽器が何をしているのか、なぜその人数の編成を選んだのかが聴こえてくるようになります。
ぜひ、お気に入りのアルバムがどのジャズバンド編成で演奏されているか、意識して聴いてみてください。
きっと新しい発見があるはずです。



