「ジャズ・ソウル」という言葉は、ジャズとソウルの違いを指すこともあれば、「ソウル・ジャズ」という特定のジャンルを指すこともあり、少し紛らわしいかもしれませんね。
私自身、この二つの黒人音楽がどう関係しているのか、最初は少し混乱しました。
ソウル・ジャズとは何か、その定義やファンキー・ジャズとの関係性、ブルースやゴスペルからどのような影響を受けて60年代や70年代に発展したのか。
また、ジャズ・ファンクや現代のネオ・ソウルへとどうつながっていくのか。
キャノンボール・アダレイやジミー・スミスといった代表的なアーティスト、オルガンが印象的な名盤やおすすめの定番曲など、知りたいことは多いと思います。
この記事では、ジャズとソウルの基本的な違いから、両者が融合して生まれた熱いグルーヴの世界まで、その歴史の系譜を紐解いていきます。
この記事を読むことで、以下の点について理解を深められます。
- ジャズとソウル・ミュージックの根本的な特徴と違い
- 「ソウル・ジャズ」が生まれた背景と音楽的な定義
- ソウル・ジャズを代表するアーティストと歴史的名盤
- ジャズ・ファンクやネオ・ソウルへの発展と現代へのつながり
「ジャズとソウル」の境界線と融合

「ジャズ」と「ソウル」、どちらもアフリカン・アメリカンの音楽史において非常に重要なジャンルですね。
このセクションでは、まず両者の基本的な違いを確認し、それらがどのようにして「ソウル・ジャズ」という新しいスタイルを生み出すに至ったのか、その核心に迫ります。
ジャズとソウルの決定的な違い
ジャズとソウル・ミュージックは、どちらもブルースやゴスペルをルーツに持ちながら、1950年代以降、異なる道を歩みました。
私が思うに、最も大きな違いは「何を重視したか」という点にあると考えられます。
ソウル・ミュージックは、R&B(リズム・アンド・ブルース)とゴスペルの要素が融合して生まれました。
最大の特徴は、やはり「歌」と「感情表現」ですね。
マーヴィン・ゲイに代表されるように、世俗的な愛や社会的なメッセージを、ゴスペル由来の情熱的なボーカルスタイル(シャウトやコール&レスポンスなど)で歌い上げる点に本質があります。
大衆の心に直接訴えかける「声の音楽」と言えるでしょう。
一方のジャズは、20世紀初頭に生まれ、特に1940年代の「ビバップ」革命以降、大きくその姿を変えました。
チャーリー・パーカーらが追求したのは、ダンスのためではなく「鑑賞するための芸術」としての側面です。
複雑なコード進行(ハーモニー)の上で繰り広げられる「即興演奏(インプロヴィゼーション)」こそがジャズの核心となりました。
つまり、ソウルが大衆性とボーカル表現を追求したのに対し、ジャズは芸術性と器楽的な技巧を追求した、というのが両者の大きな分岐点だったというわけです。
ソウル・ジャズとは?定義を解説
では、「ソウル・ジャズ」とは何でしょうか。
これは、1950年代後半から1960年代にかけて、ジャズが再び大衆性を取り戻そうとした流れの中で生まれたサブジャンルを指します。
当時のジャズ、特にビバップから発展した「ハード・バップ」は、非常に芸術的で複雑なものでした。
それに対し、同時期に隆盛を極めていたソウル・ミュージックの分かりやすさ、楽しさ、そして何より「グルーヴ」をジャズに取り入れようとした試み、それがソウル・ジャズ(Soul Jazz)です。
音楽的には、ハード・バップを基盤にしつつ、ブルース、R&B、ゴスペルの要素を色濃く反映させたスタイルです。
特徴としては、反復的でキャッチーなリズム、そして歌うようにブルージーなメロディラインが挙げられます。
理屈抜きに体が動くような、ダンスミュージックとしての側面を強く持っているのが特徴ですね。
ファンキーと呼ばれるグルーヴの正体
ソウル・ジャズは、しばしば「ファンキー・ジャズ(Funky Jazz)」とも呼ばれます。
この二つは、ほとんど同じ意味で使われることが多いですね。
「ファンキー」という言葉は、もともと「土臭い」「気取らない」といったニュアンスを持つ言葉です。
ジャズにおいては、特にブルースやゴスペルのフィーリングを強く感じさせる、黒人音楽特有の「ノリ」や「グルーヴ」を指す表現として使われました。
ピアニストのホレス・シルヴァーの分析によれば、「ファンキー」がブルース由来の「身体的」なグルーヴ(土臭さ)を指すのに対し、「ソウル」はそこにゴスペル由来の「精神的」なフィーリングが加わったもの、とされています。
とはいえ、実際にはこの二つを厳密に区別するのは難しく、「ゴスペルやブルースの影響が濃い、ノリの良いジャズ」=「ソウル・ジャズ」または「ファンキー・ジャズ」と理解するのが分かりやすいと思います。
教会から生まれたオルガンの響き
ソウル・ジャズのサウンドを決定づけた楽器が、ハモンドB-3オルガンです。
この楽器は、もともとアフリカン・アメリカンの教会で、ゴスペルを演奏するために広く使われていました。
あの独特の、うねるような持続音と重厚な響きは、聴衆の感情を高ぶらせるのにぴったりだったわけです。
ジミー・スミスのような革新的なミュージシャンが、この楽器をジャズの世界に本格的に持ち込みました。
彼らはオルガンでベースラインを弾きつつ、右手でメロディやソロを演奏するというスタイルを確立しました。
「オルガン、ギター、ドラム」というシンプルなトリオ編成は、ソウル・ジャズの定番となり、ジャズバーやクラブで大流行しました。
教会の熱気が、そのままジャズの現場に持ち込まれたようなサウンドですね。
60年代を彩った重要アーティスト
ソウル・ジャズの黄金期である1960年代には、多くのスタープレイヤーが登場しました。
彼らの功績によって、ジャズは再びポップチャートを賑わすことになります。
ホレス・シルヴァー (Horace Silver)
ピアニストであり作曲家。
彼こそが「ファンキー・ジャズ」の立役者の一人です。
彼の作る曲は、キャッチーでブルージーなメロディと、ハード・バップの知性が絶妙に融合していました。
キャノンボール・アダレイ (Cannonball Adderley)
アルトサックス奏者。
その名の通り「大砲(キャノンボール)」のようなパワフルでソウルフルな音色が持ち味です。
彼のヒット曲「Mercy, Mercy, Mercy!」は、ジャズの枠を超えて大ヒットを記録しました。
ジミー・スミス (Jimmy Smith)
前述の通り、ハモンド・オルガンをジャズの主役楽器に押し上げた最大の功労者です。
彼の超絶技巧とブルージーな感覚は、後の多くのオルガン奏者に影響を与えました。
ラムゼイ・ルイス (Ramsey Lewis)
ピアニスト。
彼は当時のR&Bやポップスのヒット曲を、ファンキーなジャズのアレンジでカバーし、立て続けにヒットさせました。
彼の成功は、ジャズとポップスの垣根をさらに押し下げることになりました。
ソウル・ジャズが築いた黄金期と未来

60年代に花開いたソウル・ジャズは、その後の音楽シーンにも大きな影響を与え続けます。
このセクションでは、ソウル・ジャズの歴史的な名盤から、それがどのようにして「ジャズ・ファンク」や現代の「ネオ・ソウル」へと進化していったのか、その流れを追ってみましょう。
聴くべきソウル・ジャズの歴史的名盤
ソウル・ジャズの世界に足を踏み入れるなら、まずはこれらのアルバムから聴いてみるのがおすすめです。
ジャンルの持つ熱気と楽しさが詰まっています。
- 『Mercy, Mercy, Mercy!』 / キャノンボール・アダレイ (1966/67)
ソウル・ジャズを象徴する大ヒット作。タイトル曲はゴスペルの影響が色濃く、聴いているだけで心が躍ります。エレクトリック・ピアノの響きも印象的ですね。(実際はスタジオ録音に歓声を追加した作品ですが、そのライブ感が見事に演出されています) - 『Song for My Father』 / ホレス・シルヴァー (1965)
ファンキー・ジャズの金字塔。タイトル曲は、ボサノヴァ風のラテン・リズムとブルース感覚が融合した、非常に心地よいグルーヴが特徴です。アルバム全体がハード・バップ入門としても最適です。 - 『The Cat』 / ジミー・スミス (1964)
オルガン・ジャズの格好良さが詰まった一枚。ラロ・シフリンによる洗練されたビッグバンド・アレンジと、スミスの弾きまくるオルガン・ソロがとにかくヒップで都会的なサウンドを生み出しています。 - 『The "In" Crowd』 / ラムゼイ・ルイス・トリオ (1965)
R&Bのヒット曲をカバーし、ポップチャートでも大ヒットしたライブ盤。クラブの熱気が伝わってくるような、ファンキーなピアノ・トリオが楽しめます。ジャズのインスト曲としては異例の成功でした。
70年代ジャズ・ファンクへの進化
1970年代に入ると、ソウル・ジャズはさらに強力なグルーヴを持つ音楽へと進化します。
それが「ジャズ・ファンク(Jazz Funk)」です。
ジェームス・ブラウンらが確立した「ファンク」の、より複雑な16ビートのリズムをジャズが吸収した形ですね。
ソウル・ジャズがオルガンやアコースティック・ピアノ中心だったのに対し、ジャズ・ファンクではエレクトリック・ピアノ、シンセサイザー、エレクトリック・ベース、ワウ・ギターといった電気楽器が主役となります。
代表的なアーティストとしては、ハービー・ハンコックやドナルド・バードが挙げられます。
特にハービー・ハンコックの『Head Hunters』(1973)は、ジャズ・ファンク、ひいてはフュージョン全体を代表する歴史的ベストセラーとなりました。
「Chameleon」の有名なベースラインを聴けば、このジャンルの持つ強靭なグルーヴがすぐに理解できるはずです。
ジャズ・ファンクは音楽ジャンルとしてだけでなく、ダンススタイルとしても知られています。
その違いや魅力については、こちらの記事で詳しく解説しています。

現代に息づくネオ・ソウルの系譜
「ジャズとソウルの融合」という流れは、現代にも受け継がれています。
1990年代後半から登場した「ネオ・ソウル(Neo-Soul)」は、その代表格と言えるでしょう。
ネオ・ソウルは、伝統的なソウル・ミュージックのフィーリングをベースに、ヒップホップのビート感覚、そしてジャズの洗練されたハーモニー(コード進行)を融合させたスタイルです。
ディアンジェロやエリカ・バドゥといったアーティストが有名ですね。
ソウル・ジャズが「ジャズのソウル化」だったとすれば、ネオ・ソウルは「ソウルのジャズ化」という側面が強いのが興味深い点です。
彼らはジャズ特有の複雑なコード(9thなど)を自然に楽曲に取り入れています。
さらに現代では、ロバート・グラスパーのように、ジャズ・ミュージシャンがヒップホップやR&Bの領域に踏み込み、グラミー賞のR&B部門で受賞するなど、両者の境界線はますます流動的になっているわけです。
入門におすすめの定番曲ガイド
これまでに紹介したジャンルの「顔」となる曲をリストアップしました。
まずはここから聴き始めて、好みの時代やスタイルを見つけてみるのが良いと思います。
【王道ソウル・ジャズ】(60年代のファンキーな響き)
- 『Mercy, Mercy, Mercy!』 / キャノンボール・アダレイ
- 『The "In" Crowd』 / ラムゼイ・ルイス・トリオ
- 『Song for My Father』 / ホレス・シルヴァー
- 『The Cat』 / ジミー・スミス
- 『Moanin'』 / アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ
- 『The Sidewinder』 / リー・モーガン
【ジャズ・ファンク】(70年代の都会的グルーヴ)
- 『Chameleon』 / ハービー・ハンコック
- 『Black Byrd』 / ドナルド・バード
- 『Cantaloupe Island』 / ハービー・ハンコック
【ネオ・ソウル/現代ジャズ】(現代の融合)
- 『Brown Sugar』 / ディアンジェロ
- 『On & On』 / エリカ・バドゥ
- 『Afro Blue』 / ロバート・グラスパー・エクスペリメント
「ジャズ自体が初めて」という方や、「もっと基本的な聴き方や楽しみ方を知りたい」という場合は、こちらの入門ガイドが役立つかもしれません。

まとめ:奥深いジャズとソウルの世界

「ジャズ ソウル」というキーワードを入り口に、二つのジャンルの関係性と、そこから生まれた豊かな音楽の系譜を見てきました。
最後に、この記事のポイントをまとめておきます。
- ジャズとソウルはブルースとゴスペルを共通のルーツに持つ
- ソウルは「ボーカル」と「大衆性」を追求した
- ジャズは「即興演奏」と「芸術性」を追求した
- ソウル・ジャズは60年代にジャズがソウルの要素を取り入れたジャンル
- ソウル・ジャズはファンキー・ジャズとほぼ同義で使われる
- 「ファンキー」とはブルース由来の土臭いグルーヴを指す
- 「ソウル」はゴスペル由来の精神的なフィーリングを含む
- ハモンドB-3オルガンがソウル・ジャズのサウンドを決定づけた
- オルガンは元々、教会のゴスペルで使われていた楽器
- ホレス・シルヴァーはファンキー・ジャズの設計者
- キャノンボール・アダレイは「Mercy, Mercy, Mercy!」で大ヒットを記録
- ジミー・スミスはオルガン・ジャズを確立した革命家
- ラムゼイ・ルイスはR&Bのカバーでポップチャートに進出
- 70年代にはソウル・ジャズからジャズ・ファンクが生まれた
- ジャズ・ファンクはより強力な16ビートと電気楽器が特徴
- 90年代以降のネオ・ソウルは現代におけるジャズとソウルの融合形態
- ロバート・グラスパーは現代のジャズとR&B/ヒップホップを繋ぐ象徴
- ジャズとソウルは時代ごとに形を変えながら影響を与え合っている








