「モダンジャズ」という言葉は聞いたことがあるけれど、具体的にどのような音楽なのか、その歴史や特徴について知りたいと思っていませんか。
ビバップというスタイルが始まりとされますが、そこから派生したクール・ジャズ、ハード・バップ、モード・ジャズなど、さまざまなジャンルがあって少し複雑に感じるかもしれません。
また、モダンジャズの初心者として、まずはどんな有名な曲や名盤から聴き始めればよいか、その聴き方に迷うこともあるでしょう。
マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンスといった巨人たちがどのようにジャズを発展させてきたのか、その全体像をつかむのはなかなか大変ですよね。
この記事では、モダンジャズとは何か、という基本的な定義から、その魅力的な歴史、そして各スタイルの特徴までを、できるだけわかりやすく整理していきます。
- モダンジャズがどのように誕生したかがわかる
- ビバップからモードまでの主要なスタイルの特徴がわかる
- 歴史を作った「巨人」たちとその関係性がわかる
- 初心者におすすめの聴き方や必聴の名盤がわかる
モダンジャズとは?その歴史と特徴

ここでは、モダンジャズがどのようにして生まれたのか、その定義と歴史的な背景について掘り下げていきます。
それまでのジャズと何が決定的に違ったのか、その大きな変化点を見ていきましょう。
モダンジャズとは:芸術音楽への変化
モダンジャズとは、一般的に1940年代に登場した「ビバップ」以降、1960年代頃までに発展したジャズのスタイル全体を指す言葉です。
この時代のジャズを理解する上で最も重要なポイントは、音楽の目的が根本的に変わったことだと考えられます。
それ以前、1930年代から40年代前半に主流だったスウィングジャズは、ビッグバンドによるダンスのための伴奏音楽でした。
アレンジが主体で、踊りやすさが重視されていたわけです。
しかし、モダンジャズの誕生によって、ジャズはダンスフロアから離れ、「聴くための芸術音楽」へと大きく舵を切りました。
編成も、個々の演奏技術や即興演奏での対話を重視する「コンボ」と呼ばれる少人数編成が基本となります。
この変化により、ミュージシャンたちはダンスの制約から解放され、自らの技術や芸術的表現を、複雑なコード進行や高速なテンポの中で追求し始めました。
つまり、モダンジャズとは、ジャズが「娯楽音楽」から「芸術」へと進化したパラダイムシフトそのものだと言えますね。
スウィングジャズとビバップ(モダンジャズ)の具体的な違いについては、こちらの記事で詳しく解説しています。

革命のビバップとその歴史
モダンジャズの出発点となったのが、ビバップ(Bebop)です。
これは1940年代、ニューヨークのハーレムにあった「ミントンズ・プレイハウス」というジャズクラブで生まれたとされています。
当時、商業的なスウィング・ビッグバンドでの演奏に満足していなかった若いミュージシャンたちが、夜な夜な集まってジャムセッションを繰り広げたのが始まりです。
その中心にいたのが、アルトサックス奏者のチャーリー・パーカーと、トランペット奏者のディジー・ガレスピーでした。
彼らは、既存のスタンダード曲のコード進行を意図的に複雑に作り替え(リハーモナイズ)し、超高速なテンポで演奏しました。
これは、商業主義的なスウィングへの反逆であり、技術のないミュージシャンを排除してジャズを芸術家の手に取り戻すための「独立宣言」のようなものだったと考えられます。
このビバップの誕生により、ジャズはメロディを演奏する部分(テーマ)よりも、即興演奏(アドリブ)の部分が主体となりました。
まさに革命的な出来事だったわけです。
ビバップの特徴や名盤については、こちらの記事でさらに詳しく掘り下げています。

クール・ジャズの特徴とマイルス
ビバップの熱狂的で超絶技巧的なスタイル(「熱さ」)に対し、1950年代に入ると、より抑制的でソフトなサウンド(「冷静さ」)を目指す動きが出てきます。
これが「クール・ジャズ」です。
個々の即興演奏よりも、アンサンブル(合奏)全体としての調和や、知的で洗練された響きが重視されました。
このムーブメントを決定づけたのが、トランペット奏者のマイルス・デイヴィスです。
彼が1949年から50年に録音した『クールの誕生 (Birth of the Cool)』というアルバムは、その名の通りこのスタイルの象徴となりました。
マイルスは、通常のコンボ編成ではなく、フレンチ・ホルンやチューバといった楽器を加えた九重奏団(ノネット)を採用しました。
緻密にアレンジされたサウンドは、ビバップが「線」の音楽だとしたら、クール・ジャズは「面」の音楽、まるで印象派の絵画のようだと評されることもありますね。
この流れはアメリカ西海岸で「ウエスト・コースト・ジャズ」としても発展し、スタン・ゲッツやデイヴ・ブルーベックといったアーティストが人気を博しました。
ハード・バップの熱いグルーヴ
クール・ジャズが知的で洗練されたスタイルとして広まる一方、1950年代半ばになると、その「白人的」とも評された響きへの揺り戻しが起こります。
ジャズのルーツである、より「黒い」フィーリングを再強調しようとするムーブメント、それが「ハード・バップ」です。
ハード・バップは、ビバップの高度な理論とエネルギーを受け継ぎつつ、そこにジャズの核心である「ブルース」や、教会音楽に由来する「ゴスペル」のフィーリングを強く反映させました。
力強いリズムとグルーヴ感が特徴で、特にリズミカルで親しみやすい側面は「ファンキー・ジャズ」とも呼ばれます。
これは、公民権運動が盛り上がりを見せ始めた時代背景とも無関係ではなく、ジャズの黒人としてのアイデンティティを再確認する動きだったとも推測されます。
このスタイルを牽引したのが、ドラマーのアート・ブレイキー率いる「ザ・ジャズ・メッセンジャーズ」や、テナーサックス奏者のソニー・ロリンズ、ピアニストのソニー・クラークなどです。
モード・ジャズとコルトレーンの探求
ビバップからハード・バップに至るまで、即興演奏は常に「複雑なコード進行」に縛られていました。
ミュージシャンは目まぐるしく変わるコードに対応する必要があり、それが自由なメロディ作りを妨げている側面があったのです。
この「コードの束縛」からジャズを解放したのが、「モード・ジャズ(旋法ジャズ)」という新しいアプローチです。
これは、複雑なコード進行の代わりに、特定の音階(モード)だけを提示し、その上で演奏者が自由にメロディを紡いでいくという手法です。
この革新を完璧な芸術作品として結実させたのも、またしてもマイルス・デイヴィスでした。
1959年のアルバム『Kind of Blue』は、その金字塔です。
このアルバムに参加したテナーサックス奏者のジョン・コルトレーンは、このモードという手法をさらに深く探求していきます。
彼は後に、コード進行を極限まで複雑化した『Giant Steps』から、モードを基盤に自身の精神性を追求した『A Love Supreme (至上の愛)』へと至り、ジャズの表現を新たな高みへと引き上げました。
モダンジャズの巨人と必聴名盤

モダンジャズの歴史は、革新的なスタイルを生み出した「巨人」たちの歴史でもあります。
ここでは、ジャンルを超えて活躍した特に重要なアーティストと、彼らの音楽を知るために欠かせない「名盤」について見ていきましょう。
トランペットの巨人たち
モダンジャズのトランペット奏者として、まず名前が挙がるのはビバップの創始者の一人、ディジー・ガレスピーでしょう。
超絶的なテクニックと陽気なキャラクターで、ビバップの確立に貢献しました。
しかし、モダンジャズの歴史全体に最も大きな影響を与えたのは、間違いなくマイルス・デイヴィスです。
彼は「ジャズの帝王」と呼ばれ、一つのスタイルに留まることなく、常にジャズの最先端を走り続けました。
ビバップでキャリアを始め、『クールの誕生』でクール・ジャズを生み出し、50年代半ばにはハード・バップの名盤を録音し、そして『Kind of Blue』でモード・ジャズを完成させました。
彼の足跡そのものが、モダンジャズの歴史の主要な流れと重なっていると言えますね。
他にも、ハード・バップ期にはフレディ・ハバードのような力強いプレイヤーも登場し、トランペットという楽器の表現を広げました。
サックスの巨人たち
サックスはモダンジャズの花形楽器の一つです。
アルトサックス奏者のチャーリー・パーカー(通称バード)は、「モダンジャズの父」と呼ばれます。
彼が生み出したアドリブ・フレーズは、ビバップという音楽言語そのものを作ったと言っても過言ではありません。
テナーサックスでは、まずソニー・ロリンズが挙げられます。
ハード・バップを代表する存在で、豪快かつメロディアスな演奏が魅力です。
『Saxophone Colossus(サキソフォン・コロッサス)』は、その代表作として非常に有名です。
そして、ジョン・コルトレーン。
マイルス・バンドでモードの探求を深めた彼は、その後独立し、複雑なコード進行の極致『Giant Steps』や、スピリチュアルな大作『A Love Supreme (至上の愛)』など、ジャズの精神性を極限まで追求した作品を残しました。
クール・ジャズの文脈では、スタン・ゲッツのソフトで美しい音色も忘れてはなりません。
ピアノの巨人ビル・エヴァンス
モダンジャズのピアノにも多くの巨人がいますが、特にビル・エヴァンスの功績は大きいと考えられます。
彼はまず、マイルス・デイヴィスの『Kind of Blue』に参加し、その静謐でリリカルなピアノ・スタイルでアルバムの世界観の構築に大きく貢献しました。
しかし、彼の最大の功績は「ピアノ・トリオ」という演奏形態の概念を革新したことです。
それまでのピアノ・トリオは、「ピアノが主役、ベースとドラムは伴奏」という関係が一般的でした。
しかし、ビル・エヴァンスは、ベースのスコット・ラファロ、ドラムのポール・モチアンとのトリオにおいて、3者が対等に反応し合い、即興でアンサンブルを編み上げていく「インタープレイ」という概念を確立しました。
このスタイルは、『Portrait in Jazz』や『Waltz for Debby』といった名盤で聴くことができ、後世のピアニストに計り知れない影響を与え続けています。
初心者におすすめの聴き方
モダンジャズ、特にビバップ以降は即興演奏(アドリブ)が中心です。
ポップスのように最初から最後まで決まったメロディを追う音楽ではないため、初めて聴くと「難しい」と感じるかもしれません。
アドリブは、演奏者がその場で生み出す「音の対話」であり、何が起こるかわからないスリルが醍醐味です。
初心者の方におすすめしたい聴き方は、まず「アルバム単位」で聴くことです。
モダンジャズの名盤は、曲順や全体の雰囲気も含めて一つの作品として設計されています。
そして、最初は「理解しよう」と身構えず、BGMのように「さらっと」流し聴きしてみるのがよいと思います。
生活の中で何度も聴いているうちに、自然と耳がジャズの響きに慣れ、心地よいと感じるフレーズやリズムが見つかるはずです。
また、ストリーミングやCDで聴く際、もし「別テイク(Alternate Take)」が収録されていても、最初はオリジナル・アルバムの曲順通りに聴くことを推奨します。
同じ曲が何度も続くと混乱してしまう可能性があるためです。
ジャズの聴き方や楽しみ方については、こちらの入門ガイドでも詳しく紹介しています。

有名な名曲と必聴の名盤
どこかで聴いたことがある有名な曲から入るのも、モダンジャズと親しむ良い方法ですね。
デイヴ・ブルーベックの「Take Five」(5拍子のリズムが印象的です)や、アート・ブレイキーの「Moanin'」、ビル・エヴァンスの「Waltz for Debby」などは、CMやカフェなどでもよく使われる定番曲です。
最初の一枚として、歴史的な重要性と聴きやすさを兼ね備えたアルバムをいくつか紹介します。
モダンジャズ最初の一歩に最適な名盤
- 『Kind of Blue』 (マイルス・デイヴィス)
モード・ジャズの金字塔。静かで美しく、BGMにも最適です。ジャズ史上最も売れたアルバムとも言われています。 - 『Time Out』 (デイヴ・ブルーベック)
「Take Five」を収録。変拍子を使った知的でリズミカルなサウンドが特徴で、非常に聴きやすい一枚です。 - 『Cool Struttin'』 (ソニー・クラーク)
ハード・バップの代表的な名盤。ブルージーでグルーヴ感があり、ジャケットデザインも含めてジャズの「格好良さ」が詰まっています。 - 『Waltz for Debby』 (ビル・エヴァンス・トリオ)
ピアノ・トリオの最高傑作。3人の繊細な対話が美しく、静かな夜にぴったりです。 - 『Moanin'』 (アート・ブレイキー)
ファンキー・ジャズの代名詞。力強いドラムとソウルフルなメロディで、ジャズの「熱さ」を感じられます。
奥深いモダンジャズの世界へ

この記事では、モダンジャズの歴史や特徴、巨人たちと名盤について駆け足で見てきました。
モダンジャズは、ダンス音楽から芸術音楽へとジャズを進化させた、革新の記録です。
その影響はジャズの枠を超え、現代のヒップホップなどにもサンプリングという形で受け継がれています。
このガイドを参考に、モダンジャズの世界への第一歩を踏み出していただければ幸いです。
最後に、この記事の重要なポイントをまとめます。
- モダンジャズは1940年代のビバップ以降に発展したジャズの総称
- ダンス音楽から「聴くための芸術音楽」へと変化した
- 少人数編成(コンボ)での即興演奏が中心となった
- ビバップはスウィングへの反逆として生まれた革命的な音楽
- ビバップの中心人物はチャーリー・パーカーとディジー・ガレスピー
- クール・ジャズはビバップの熱さに対し抑制的で知的なサウンドを目指した
- マイルス・デイヴィスが『クールの誕生』でクール・ジャズを定義した
- ハード・バップはクールへの揺り戻しとしてブルースやゴスペルの要素を再強調した
- アート・ブレイキーやソニー・ロリンズがハード・バップを牽引した
- モード・ジャズは複雑なコード進行の束縛から即興演奏を解放した
- マイルス・デイヴィスの『Kind of Blue』がモード・ジャズの金字塔
- ジョン・コルトレーンはモードを探求し精神的な高みへとジャズを進化させた
- ビル・エヴァンスはピアノ・トリオにおける「インタープレイ」を確立した
- 初心者はまず「アルバム単位」で「さらっと」聴き流すのがおすすめ
- 『Kind of Blue』や『Time Out』は最初の一枚として最適








