「ジャズベース」という言葉を調べると、2つの意味があることに気づきます。
一つはフェンダー社が生んだ特定の楽器モデルの名前であり、もう一つはジャズという音楽ジャンルで演奏されるベース、特にコントラバスとその役割を指す言葉です。
私自身、この楽器に興味を持ち始めた時、ジャズベースの豊かな歴史や、プレベとの違いについて深く知りたいと思いました。
また、初心者にとってどちらが良いのか、年代による違いはあるのか、といった疑問も浮かびました。
ピックアップの仕組みやスラップ奏法に適している理由、ジャコ・パストリアスのような名手がどうしてこの楽器を選んだのか、そしてジャズにおけるベースの弾き方や役割についても気になるところですね。
この記事では、楽器としてのジャズベースと、音楽としてのジャズ・ベース、その両方の側面から情報を整理し、皆さんの疑問を解消していきます。
- 楽器のジャズベースとプレベの決定的な違い
- 年代別の特徴とピックアップがもたらす多彩なサウンド
- ジャズ音楽におけるベースの役割と弾き方の基本
- ジャズベースを象徴する名手と彼らのスタイル
楽器「ジャズベース」の特徴と魅力

まずは「楽器」としてのフェンダー・ジャズベースに焦点を当ててみましょう。
なぜこのベースが「万能」と呼ばれ、多くのミュージシャンに愛され続けるのでしょうか。
その歴史的背景から、ライバルであるプレシジョンベースとの違い、サウンドの秘密まで、具体的に掘り下げていきます。
ジャズベースの歴史と誕生の背景
ジャズベース(Jazz Bass)が誕生したのは1960年のことです。
すでに1951年に「プレシジョンベース」という革命的な楽器を生み出していたフェンダー社が、第2のモデルとして市場に送り出しました。
面白いのは、この楽器が当初「デラックス・モデル」と呼ばれていた点ですね。
その名の通り、先行するプレシジョンベース(以下プレベ)がロックンロールやカントリー向けだったのに対し、ジャズベースはより洗練されたジャズ市場を狙って開発されたという背景があります。
当時のジャズ・ベーシストの主流は、大きくて持ち運びが大変なアップライトベース(コントラバス)でした。
レオ・フェンダーは、彼らに向けて「もっとラウドで、ツアーにも便利なエレクトリック・ベース」という選択肢を提示しようとしたわけです。
デザインも、先行する「ジャズマスター」というギターの流れを汲み、左右非対称の「オフセット・コンター・デザイン」が採用されました。
これは立っても座っても弾きやすいように考慮された、まさにジャズ・ミュージシャン向けの設計だったと考えられます。

プレベとの違いを5項目で比較
エレキベースの世界は、このジャズベース(JB)とプレシジョンベース(PB)によって二分されてきたと言っても過言ではありません。
両者は設計思想からして対照的です。
その違いを5つのポイントで比較してみましょう。
| 比較項目 | ジャズベース (JB) | プレシジョンベース (PB) |
|---|---|---|
| 1. ネック(ナット幅) | 細い(スリム) | 太い(がっしり) |
| 2. ボディ形状 | 左右非対称(オフセット) | 左右対称に近い |
| 3. ピックアップ | シングルコイル x 2基 | スプリットコイル x 1基 |
| 4. コントロール | 2ボリューム、1トーン | 1ボリューム、1トーン |
| 5. サウンド特性 | 多彩、ブライト、クリア | 太い、無骨、パワフル |
最大の違いは、やはり「ネック」と「ピックアップ」ですね。
ネックの演奏性
ジャズベースはナット(ヘッド側の弦を支えるパーツ)部分の幅がプレベに比べて著しく細く、スリムな握り心地になっています。
これは、高速なフレーズや複雑なコード弾きにも対応しやすく、手の小さい人や初心者にも「弾きやすい」と感じさせる大きな理由です。
サウンドの方向性
プレベが「1つの太く完成された音」を出すことに特化しているのに対し、ジャズベースは2つのピックアップをブレンドすることで、多彩な音色を能動的に作り出す(足し算の)設計になっています。
この違いが、音楽的な役割の違いにも直結してくると言えますね。
ピックアップ構成と多彩な音作り
ジャズベースが「万能」と呼ばれる理由は、そのユニークなピックアップ構成にあります。
ネック(フロント)側とブリッジ(リア)側に、それぞれ1基ずつ、計2基のシングルコイル・ピックアップを搭載しているのが特徴です。
コントロールは基本的に「フロントPUのボリューム」「リアPUのボリューム」「マスタートーン」の3つです。
この「2ボリューム」の組み合わせ方がサウンドメイクの鍵となります。
- フロントPUのみ(リアVol=0)
太く甘い、プレベに近いような丸みのあるサウンドが得られます。「ボン」としたアタック感が特徴ですね。 - リアPUのみ(フロントVol=0)
硬く、輪郭がはっきりしたアタック感の強いサウンドです。フェンダー社の言葉を借りれば「ミッドレンジの唸り」とも表現されるトーンで、メロディを弾く際にも埋もれにくいのが特徴です。 - 両PUをフルで使用
2つのピックアップは通常、逆巻き・逆磁極(RWRP)になっており、両方をフルで使うとノイズがキャンセルされる(ハムバッキング)効果が得られます。サウンド的には、中音域が少し抑えられ(スクープされ)、高音と低音が強調された、いわゆる「ドンシャリ」系のクリアなサウンドになります。
この最後のサウンドが、スラップ奏法(チョッパー)に非常に適しているため、マーカス・ミラーのようなスラップの名手がジャズベースを愛用しているのも納得できます。
60年代と70年代の年代による違い
ジャズベースは長い歴史の中で、細かな仕様変更が繰り返されてきました。
特にヴィンテージ市場で注目されるのが「60年代」と「70年代」のモデルの違いです。
見た目では、70年代に入るとヘッドのロゴが太字の「CBSロゴ」に変わったり、指板のポジションマークが点(ドット)から四角い「ブロック・インレイ」になったり、指板の縁に「バインディング(縁取り)」が施されたり、といった違いがあります。
しかし、サウンドにおける決定的な違いは、リア・ピックアップの位置です。
70年代のモデルは、60年代のモデルに比べて、リア(ブリッジ)側のピックアップが数ミリ程度、よりブリッジ寄りに移動しています。
ピックアップがブリッジ(弦の支点)に近づくほど、音は物理的に硬く、タイトで、高音域の倍音が強調されます。
ジャコ・パストリアスが愛用した60年代製の歌うような中音域と、マーカス・ミラーが愛用する77年製の攻撃的でブライトなスラップサウンド。
この2大巨匠の対照的なサウンドは、彼らの技術だけでなく、愛用した楽器の「70年代のピックアップ配置」という設計変更にも深く関係しているわけですね。
非常に興味深い点だと私は思います。
初心者におすすめの選び方
これからベースを始めたい初心者にとって、ジャズベースは非常におすすめできる選択肢の一つです。
その最大の理由は、先ほども触れた「ネックの細さ」による弾きやすさです。
プレベの太いネックに比べ、手が小さくても弦が押さえやすいのは、最初の挫折を防ぐ上で大きなアドバンテージになると考えられます。
もう一つの理由は、サウンドの「万能性」です。
2つのピックアップのブレンドにより、ロック、ポップス、ファンク、ジャズまで、本当に幅広いジャンルに対応できます。
「まだ特定のジャンルに絞れない」という段階でも、ジャズベースが1本あれば大抵の音楽に対応できるのは心強いですね。
楽器店に行くと、多くの「初心者セット」が用意されています。
これらにはベース本体の他に、アンプ(スピーカー)、チューナー(音を合わせる機械)、シールド(ケーブル)、ストラップなどが含まれており、個別に揃えるより効率的です。
価格帯によって付属するアンプの性能などが異なります。
予算や練習環境(例えば、夜間にヘッドホンで練習したいかなど)を店員さんに相談してみるのが良いでしょう。
※楽器の価格やセット内容は時期や店舗によって変動します。
あくまで一般的な目安として捉え、正確な情報は各楽器店の公式サイトなどでご確認ください。
フェンダーとスクワイヤのモデル
初心者向けのモデルを探す際、必ず目にするのが「Fender(フェンダー)」と「Squier by Fender(スクワイヤ)」という2つのブランドでしょう。
このほかにも、Bacchus(バッカス)など、日本国内のブランドも高品質でコストパフォーマンスに優れたモデルを多く生産しています。
結局のところ、70年近く前にフェンダーが生み出したジャズベースとプレシジョンベースのデザインが、今もなお市場のスタンダードであり続けている、ということですね。
音楽とジャズベースの名手たち

さて、ここからは視点を変えて、「音楽」としてのジャズ・ベースの世界を見ていきましょう。
ジャズというジャンルの中で、ベースはどのような役割を担ってきたのか。
そして、ジャズベース(楽器)とジャズ・ベース(音楽)の歴史を形作ってきた偉大なプレイヤーたちを紹介します。
ジャズでのベースの弾き方と役割
ジャズ史において、ベースの役割は時代と共に大きく変化してきました。
初期の頃は、マーチングバンドの影響でテューバがベースラインを担当していましたが、やがて表現力豊かなコントラバス(ウッドベース)がその役目を担うようになります。
スウィング期(1930年代)には、4拍子で滑らかに音を繋ぐ「ウォーキング・ベースライン」が確立されます。
当時はアンプがなかったため、音量を稼ぐために弦を叩きつける「スラップ」奏法が使われていたのも興味深い点です。
ビバップ期(1940年代)以降、演奏はより複雑になり、ベースは単なる伴奏から、ハーモニーを支え、時にはメロディックな役割も担う存在へと進化しました。
そして、スコット・ラファロ(ビル・エヴァンス・トリオ)の登場は革命的でした。
彼はベースを「時を刻む」役割から解放し、ピアノやドラムと対等に対話する楽器へと押し上げたと評価されています。
1970年代のフュージョン期になると、主役はコントラバスからエレクトリック・ベースへと移行し、ジャズとロックが融合した新しい表現が生まれていきました。
ウォーキング・ベースラインの弾き方
ジャズ・ベース(音楽)の核心とも言える技術が「ウォーキングベースライン」です。
これは4ビート(1小節に4つの音符)で演奏され、ベースラインがまるで「歩いている(Walking)」かのように、滑らかで前進するグルーヴを生み出す技術を指します。
その基本的な構造は、以下のように考えることができます。
- 1拍目(土台)
その小節のコードの「ルート(根音)」を弾き、ハーモニーの土台を明確にします。 - 2拍目、3拍目(表情)
コードの構成音(3度や5度など)を弾き、コードの響きを豊かにします。 - 4拍目(繋ぎ)
次の小節のコードへスムーズに繋ぐための「アプローチ・ノート(経過音)」を置きます。
この4拍目の「繋ぎ」の音が、次のコードのルート音に滑らかに(例えば半音下や上から)解決することで、リスナーに心地よい緊張感と解決感を与え、ジャズ特有のスウィング感を生み出す原動力の一つとなっているわけです。
スラップ奏法の代表的な名手
ジャズベース(楽器)の特性を語る上で欠かせないのが「スラップ奏法(日本ではチョッパーとも呼ばれます)」です。
これは親指で弦を叩きつけ(サムピング)、人差し指や中指で弦を引っ張る(プリング)ことで、アタックの強いパーカッシブなサウンドを生み出す奏法です。
この奏法自体はファンク・ミュージックでラリー・グラハムによって広められたとされますが、ジャズ/フュージョンの世界でその地位を確立したのは、やはりマーカス・ミラー(Marcus Miller)でしょう。
彼は、プリアンプ(アクティブ回路)が搭載された77年製のフェンダー・ジャズベースを愛用しています。
70年代ジャズベース特有のブライトなサウンドと、アクティブ回路による強力な音圧、そして彼の超絶的なテクニックが組み合わさることで、あのタイトかつファンキーなスラップサウンドが生まれるのです。
彼のサウンドは、まさにアクティブ・ジャズベースの「世界基準」となり、後の多くのベーシストに影響を与えました。
ジャコ・パストリアスという名手
エレクトリック・ベースの歴史を「ジャコ以前」「ジャコ以後」で分ける人もいるほど、革命的な存在がジャコ・パストリアス(Jaco Pastorius)です。
彼は、60年代製のフェンダー・ジャズベースから自らフレットを抜き、「フレットレスベース」に改造した「Bass of Doom(破滅のベース)」と呼ばれる楽器を愛用していました。
フレットがないことで可能になる滑らかな音程変化(ポルタメント)と、ジャズベースのリア・ピックアップ(60年代配置)が持つ歌うような中音域、そして彼の驚異的なテクニックとハーモニクス(倍音)奏法。
これらが組み合わさり、ベースは伴奏楽器から、まるで人間の声のようにメロディを奏でる「ソロ楽器」へと昇華されました。
彼の登場により、エレクトリック・ベースの可能性は一気に押し広げられたと言えるでしょう。
彼の音楽は、ジャズとロックが融合した「フュージョン」というジャンルを象徴するものでもあります。
フュージョンについてさらに詳しく知りたい方は、こちらの記事も参考になるかもしれません。

コントラバスの名手と役割
エレクトリック・ベースが華々しく活躍する一方で、ジャズの伝統において「ベース」と言えば、やはりコントラバス(アップライトベース)を思い浮かべる人も多いでしょう。
ジャズの歴史は、コントラバスの名手たちによって築かれてきました。
- ポール・チェンバース (Paul Chambers)
1950年代のモダン・ジャズ界で最も活躍した名手の一人です。マイルス・デイヴィス・クインテットでの演奏で知られ、彼が完成させたハードバップ・スタイルのベースラインは、現代でも多くのベーシストの規範となっています。 - レイ・ブラウン (Ray Brown)
ポール・チェンバースと並ぶハードバップ期のマスターです。オスカー・ピーターソン・トリオなどで聴かせた、力強くスウィングするウォーキング・ベースラインは、ジャズ・ベースの理想形の一つとされています。 - チャールズ・ミンガス (Charles Mingus)
彼は偉大なベーシストであると同時に、ジャズ史に残る偉大な作曲家でもありました。彼のベースラインは、単なる伴奏にとどまらず、オーケストラを指揮するかのようにアンサンブル全体を動かす力を持っていました。
現代のジャズシーンでは、クリスチャン・マクブライドのように、コントラバスとエレクトリック・ベースの両方を高いレベルで弾きこなすプレイヤーも多く、表現したい音楽によって楽器が選択されています。
※本記事で紹介したミュージシャンや機材に関する情報は、歴史的な見解や一般的な評価に基づいています。解釈にはさまざまな側面があり、特定のモデルの購入や評価を断定するものではありません。
まとめ:ジャズベースの奥深い世界

ここまで、「ジャズベース」という言葉が持つ「楽器」と「音楽」の二重の意味について掘り下げてきました。
最後に、この記事の重要なポイントをまとめます。
- 「ジャズベース」はフェンダー社の楽器モデル名である
- 同時に「ジャズ音楽で使われるベース」という意味も持つ
- 楽器のジャズベースは1960年に誕生した
- プレシジョンベースの「デラックス・モデル」として開発された
- プレベとの最大の違いはネックの細さとピックアップの数
- ジャズベースは2基のシングルコイルPUを搭載
- 2つのPUのブレンドで多彩な音作りが可能
- ネックが細く初心者にも弾きやすい
- ロックからジャズまで対応できる万能性を持つ
- 60年代と70年代のモデルではリアPUの位置が違う
- ジャズ音楽のベースはコントラバスが主流だった
- ウォーキング・ベースラインはジャズ・ベースの核心技術
- ジャコ・パストリアスは楽器のジャズベースを象徴する名手
- ポール・チェンバースは音楽のジャズ・ベースを象徴する名手
- ジャズベースは今も進化し続ける奥深い世界である










