ジャズ・カルテットと聞くと、どのようなイメージをお持ちでしょうか。
ジャズの中でも特に人気の高い編成ですが、その具体的な楽器編成や、なぜ4人なのかについては、意外と知らないことも多いかもしれませんね。
また、ひとくちに「カルテット」と言っても、モダン・ジャズ・カルテット(MJQ)のような洗練されたグループもあれば、ジョン・コルトレーンのような情熱的な演奏もあります。
さらに、デイヴ・ブルーベックの変拍子や、オーネット・コールマンによる革新的な試みなど、歴史を彩った伝説的なグループも多く存在します。
この記事では、ソニー・ロリンズに代表されるような、かっこいいハードバップの名盤にも触れながら、ジャズ・カルテットの基本的な定義から、その多様な編成パターン、そして歴史を形作ってきた伝説的な名盤までを、わかりやすく解説していきます。
- カルテットの基本的な楽器編成と各楽器の役割
- ジャズ史を定義した伝説的なカルテットの功績
- ハードバップ期のかっこいいワンホーン名盤
- 現代に続くカルテットという編成の魅力
ジャズ・カルテットの基本と編成

ジャズの編成はさまざまですが、4人組の「カルテット」は最もバランスの取れた形態の一つと考えられています。
ここでは、カルテットを構成する基本的な楽器編成のパターンと、歴史的に重要な2つのグループについて見ていきましょう。
カルテットの楽器編成とは?
ジャズのバンド編成、特に小編成の「コンボ」を理解するうえで、まず押さえておきたいのが「リズム・セクション」という概念です。
これはバンドの土台を支える楽器群のことで、一般的にはピアノ、ベース、ドラムスの3つの楽器で構成されます。
ジャズ・カルテットの多くは、この3つの楽器に、さらにもう一つの楽器(通常はメロディを奏でる管楽器など)を加える形で成立します。
リズム・セクションはそれぞれ明確な役割を担っています。
- ベース
「ウォーキング・ベース」と呼ばれる奏法で、曲のコード進行を示し、強固なリズムの土台(パルス)を提供する、まさにバンドの大黒柱です。 - ピアノ
「コンピング」と呼ばれる伴奏スタイルで、和音をリズミカルに挿入し、ソリストの演奏に刺激を与えながらハーモニーの色彩感を豊かにします。 - ドラムス
主にライド・シンバルでジャズ特有のスウィング感を維持しつつ、ソリストと対話(インタープレイ)しながら演奏全体のダイナミクスをコントロールする、指揮者のような役割も果たします。
この完璧な土台があるからこそ、4人目のメンバーが輝くというわけです。
王道のワンホーン編成
ジャズ・カルテットの中で最も王道とされ、モダン・ジャズの完成形の一つと見なされているのが、この「ワンホーン・カルテット」です。
編成は、サックス(またはトランペット)+ ピアノ + ベース + ドラムスとなります。
先に述べたリズム・セクション三役が揃った完璧な土台の上で、一人のホーン奏者(メロディ楽器)が主役として即興演奏(ソロ)を思う存分繰り広げることができます。
この編成は、ジャズが持つ「自由な即興性」と「構築的なアンサンブル」という二つの側面を、最も理想的な形で両立させるフォーマットと言えます。
後ほど紹介するソニー・ロリンズの『サキソフォン・コロッサス』や、ハンク・モブレーの『ソウル・ステーション』など、ジャズ史に輝く名盤の多くがこの編成を採用しています。
異色のピアノレス編成
カルテットには、標準的なリズム・セクションから意図的に特定の楽器を「抜く」ことで、独自のサウンドを生み出した編成も存在します。
その代表例が「ピアノレス・カルテット」です。
編成は、サックス + トランペット + ベース + ドラムスといった形が典型的です。
この編成の狙いは、和音楽器であるピアノを排除することにあります。
ピアノが存在しないため、演奏者はコード進行という「縛り」から解放されやすくなります。
この和声的な制約をなくすことこそが、後ほど触れるオーネット・コールマンが目指した「フリー・ジャズ」、すなわちメロディとリズムの完全な解放という革新にとって、不可欠な音楽的戦略だったわけです。
この他にも、ギターが加わるカルテットや、ヴィブラフォンが主役を張る編成(MJQなど)もあり、4人という枠組みの中で非常に多様な表現が可能であることがわかります。
モダン・ジャズ・カルテットの功績
「ジャズ・カルテット」と聞いて、特定のバンド名を思い浮かべる方も多いでしょう。
その筆頭が、モダン・ジャズ・カルテット(MJQ)です。
- 主要メンバー
ジョン・ルイス(ピアノ)、ミルト・ジャクソン(ヴィブラフォン)、パーシー・ヒース(ベース)、コニー・ケイ(ドラムス)
彼らの最大の功績は、ジャズをコンサートホールで鑑賞する芸術作品へと昇華させた点にあると考えられます。
その音楽性は「室内楽的ジャズ」と評されますが、これはクラシック音楽の室内楽(チェンバー・ミュージック)の要素、特に緻密な編曲(アレンジ)を強く意識していたためです。
しかし、MJQの魅力は単に上品なだけではありません。
その本質は、ジョン・ルイスが構築する端正な「クラシック的構造」の上で、ミルト・ジャクソンの「ブルース・フィーリング」あふれる情熱的なヴィブラフォンが歌う、というダイナミックな対比と融合にあります。
「冷静と情熱」が高次元で融合したサウンドと言えます。
代表作『Django(ジャンゴ)』は、彼らのサウンドの起点とも言える作品で、この洗練と情熱が両立する新しい響きに、当時の人々は新しいジャズの到来を予感したとされています。
ヴィブラフォンという楽器の魅力については、こちらの記事でも詳しく解説しています。

ジョン・コルトレーンの革新
ジャズ史上最も影響力のあるバンドの一つが、「クラシック・カルテット」と呼ばれるジョン・コルトレーン・カルテットです。
- クラシック・カルテット・メンバー
ジョン・コルトレーン(サックス)、マッコイ・タイナー(ピアノ)、ジミー・ギャリソン(ベース)、エルヴィン・ジョーンズ(ドラムス)
彼らは1960年代のジャズを牽引し、ジャズの表現の限界を押し広げました。
その象徴とも言えるのが、アルバム『My Favorite Things』です。
(この録音時点でのベーシストはスティーヴ・デイヴィスでした)
このアルバムの表題曲は、元々ミュージカルの親しみやすいメロディでした。
コルトレーン・カルテットが行ったのは、この誰もが知るメロディを「素材」として用い、それを徹底的に解体し、再構築するという革新的な試みです。
彼らは、従来の目まぐるしいコード進行ではなく、「モード(旋法)」と呼ばれる少ないコードを基盤にすることで、コルトレーンがコードに縛られることなく、ソプラノ・サックスを用いて(この楽器をジャズで再注目させた功績も大きいですね)、瞑想的かつ情熱的な即興演奏を展開することを可能にしました。
聴くべきジャズ・カルテットの名盤

カルテットという編成は、ジャズの歴史において数々の革命的な名盤を生み出す「器」となってきました。
ここでは、スタイル別に、ジャズ・カルテットを聴くうえで欠かせない歴史的な名盤を紹介します。
デイヴ・ブルーベックと変拍子
ジャズの常識であった4拍子以外の「変拍子」を導入し、空前の商業的成功を収めたのが、デイヴ・ブルーベック・カルテットです。
- メンバー
デイヴ・ブルーベック(ピアノ)、ポール・デズモンド(アルトサックス)、ユージン・ライト(ベース)、ジョー・モレロ(ドラムス)
1959年の代表作『Time Out』は、その試みの集大成です。
このアルバムには、アルトサックスのポール・デズモンドが作曲した5/4拍子の「Take Five」や、9/8拍子の「Blue Rondo à la Turk」などが収録されています。
面白いことに、当時の批評家からは「スウィングしない」といった批判もあったようです。
しかし、ブルーベックの重厚でリズミックなピアノと、ポール・デズモンドの軽やかでリリカルなアルトサックスの音色という「対比」こそが、彼らの個性でした。
『Time Out』はジャズ・アルバムとして史上初めて100万枚のセールスを記録し、「Take Five」はポップチャートにランクインするなど、ジャズの知的な可能性と大衆性を同時に証明する偉業を達成したわけです。
オーネット・コールマンの衝撃
オーネット・コールマン・カルテットは、1959年にアルバム『The Shape of Jazz to Come(ジャズ来るべきもの)』でシーンに登場し、その名の通り「フリー・ジャズ」という新しい時代の到来を告げた、ジャズ史上最も革命的なグループの一つです。
- メンバー
オーネット・コールマン(アルトサックス)、ドン・チェリー(コルネット)、チャーリー・ヘイデン(ベース)、ビリー・ヒギンズ(ドラムス)
このカルテットの最大の特徴は、先ほども触れた「ピアノレス・カルテット」という編成にあります。
従来のジャズの即興演奏は、ピアノが提示するコード進行に「沿って」演奏するのが原則でした。
オーネットが目指したのは、そのコード進行という「縛り」自体から演奏者を解放し、より自由なメロディの発展に基づいた即興演奏でした。
そのため、和音を固定化してしまうピアノを編成から排除することは、彼の音楽理論を実現するための必然的な戦略だったと考えられます。
この編成によって、2人のホーン奏者はコードに縛られず、お互いのメロディとリズムにのみ反応して、即興を繰り広げることが可能になったのです。
フリー・ジャズというジャンルについて、その歴史や特徴をもっと知りたい方は、こちらの記事も参考にしてみてください。

ソニー・ロリンズの巨人
1950年代から60年代のハードバップ期において、カルテットはスター・プレイヤーの魅力を最大化する「ショーケース」として機能しました。
その金字塔と言えるのが、ソニー・ロリンズの1956年の名盤『Saxophone Colossus(サキソフォン・コロッサス)』です。
- メンバー
ソニー・ロリンズ(テナーサックス)、トミー・フラナガン(ピアノ)、ダグ・ワトキンス(ベース)、マックス・ローチ(ドラムス)
このアルバムは、まさに「ワンホーン・カルテット」の完成形を示しています。
MJQが「緻密なアンサンブル」のカルテットであったのに対し、こちらはロリンズという「巨人(Colossus)」一人の、圧倒的な即興演奏能力をフィーチャーするために存在しています。
マックス・ローチ(ドラムス)やトミー・フラナガン(ピアノ)といった当代随一のリズム・セクションが、ロリンズが自由に演奏できるための強固な土台を提供。
その上でロリンズは、カリブの音楽(「St. Thomas」)やスタンダード曲(「Moritat」)などを、威厳とウィットに満ちた即興演奏で展開します。
かっこいいハードバップの名盤
「かっこいいジャズ・カルテットが聴きたい」という方には、ハードバップの「グルーヴ」の頂点を示す名盤、ハンク・モブレーの『Soul Station(ソウル・ステーション)』(1960年)がおすすめです。
- メンバー
ハンク・モブレー(テナーサックス)、ウィントン・ケリー(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、アート・ブレイキー(ドラムス)
理屈抜きの心地よさが全編を貫いており、その秘密はリズム・セクションにあります。
ウィントン・ケリー(ピアノ)とポール・チェンバース(ベース)は当時人気絶頂だったマイルス・デイヴィス・クインテットのメンバー、そこにジャズ・メッセンジャーズの強力なリーダーであるアート・ブレイキー(ドラムス)が加わるという、まさにハードバップの「オールスター編成」でした。
主役のハンク・モブレーのテナーは、洗練されたブルース・フィーリング(ソウル・ジャズ)に満ちています。
ちなみに、「アート・ブレイキー」を調べると『A Night at Birdland』がよくヒットしますが、あれは「クインテット(5人組)」の作品ですね。
ブレイキーが参加したカルテットの名盤として、この『Soul Station』は筆頭に挙げられる作品です。
ハードバップというジャズ黄金期の熱い音楽については、こちらの記事で詳しく解説しています。

ジャズ・カルテットの魅力再発見
ここまで、ジャズ・カルテットの編成から歴史的な名盤までを見てきました。
4人という編成は、ジャズの歴史において、最も柔軟かつ強力な「器」として機能してきたことがわかりますね。
この記事で解説した、ジャズ・カルテットの多様な魅力を以下にまとめます。
- ジャズ・カルテットは4人の演奏家による演奏形態
- 小編成コンボの代表格でありインタープレイが魅力
- 「自由な即興性」と「構築的なアンサンブル」の完璧なバランス
- 基本編成はリズム・セクション(ピアノ、ベース、ドラムス)+1
- リズム・セクションはバンドの土台を支える
- ベースはウォーキング・ベースで土台を築く
- ピアノはコンピングでハーモニーと刺激を与える
- ドラムスはスウィング感とダイナミクスを司る
- ワンホーン・カルテットは最も王道な編成
- ピアノレス・カルテットは和声の縛りから解放される
- MJQは室内楽的ジャズを確立した
- ジョン・コルトレーンはモード・ジャズで革新を起こした
- デイヴ・ブルーベックは変拍子を導入し成功した
- オーネット・コールマンはフリー・ジャズの時代を告げた
- ハードバップ期はスター・ソリストのショーケースだった
- ソニー・ロリンズ『Saxophone Colossus』はワンホーンの金字塔
- ハンク・モブレー『Soul Station』はグルーヴの頂点
- 現代においてもカルテットは進化を続けている





