ジャズ・サックスと聞くと、ライブハウスで響くあの、むせび泣くようなかっこいい音色を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
私自身、その魅力に惹かれた一人です。
しかし、いざ興味を持って調べてみると、アルトやテナーといった種類の違いや、クラシックサックスとの奏法の違い、さらにはビバップやハードバップといった歴史的背景まで、情報が多くて戸惑うこともあるかもしれません。
特に、ジョン・コルトレーンやチャーリー・パーカーといった有名奏者のようにアドリブを吹いてみたいと思っても、何から練習すればよいか見当もつかない、という悩みもよく聞かれます。
この記事では、ジャズ・サックスの基本的な知識から、その独特な音色の秘密、そして名曲・名盤の世界まで、順を追って解説していきます。
- ジャズとクラシックのサックスの根本的な違い
- アルトとテナー、それぞれの特徴と選び方の基準
- ジャズ特有の「かっこいい音」を出すための奏法のヒント
- 歴史を作った有名奏者と、まず聴くべき名曲
ジャズ・サックスの音色と奏法

ジャズ・サックスの魅力は、なんといってもその個性的な「音色」にあります。
クラシック音楽で聴く透明感のある音とは異なり、ジャズでは息づかいが感じられるハスキーな音や、うなるような力強い音が好まれます。
このセクションでは、その音色を生み出す奏法や機材の違いについて見ていきましょう。
クラシックサックスとの違い
ジャズとクラシックでは、サックスという楽器は同じでも、音の出し方が根本的に異なります。
最大の違いは、口の形、いわゆる「アンブシュア」にあると考えられますね。
クラシック奏法では、下唇を下の歯に巻き込み、息を一点に集中させて均一でクリアな音色を目指します。
一方、ジャズ奏法ではアンブシュアを比較的緩やかに構えることが多いです。
この「緩さ」こそがジャズ・サウンドの核であり、息漏れの多いかすれた音(サブトーン)や、音程を滑らかに曲げる(ベンド)といった、感情豊かな表現を可能にしているわけです。
また、ビブラートのかけ方にも違いがあり、ジャズでは顎を動かしてかける奏法が主流です。
アルトとテナーどっちを選ぶ?
ジャズ・サックスを始めようとするとき、多くの人が「アルト」と「テナー」のどちらを選ぶべきか、悩むポイントになるでしょう。
- アルトサックス
テナーよりも音域が高く、明るく華やかな音色が特徴です。ビバップの創始者であるチャーリー・パーカーが使用したことで、ジャズのソロ楽器としての地位を確立しました。スピーディで複雑なフレーズを演奏するのに適していると言えますね。 - テナーサックス
アルトよりも音域が低く、太くハスキーな音色が魅力です。人間の声域に近いとも言われ、ブルージーで感情豊かな表現を得意とします。コールマン・ホーキンスやジョン・コルトレーンなど、ジャズの歴史を彩る多くの巨人がテナーを愛用しました。
どちらを選ぶかは、最終的には「どちらの音色が好きか」で決めるのが一番です。
憧れの奏者がどちらを使っているかで選ぶのも、モチベーションを維持する良い方法だと考えられます。
かっこいい音を出す吹き方のコツ
ジャズらしい「かっこいい音」を出すには、単に楽譜通りに吹くだけでは不十分です。
ここでもアンブシュアや息づかいが重要になります。
前述の通り、ジャズのアンブシュアはクラシックよりも緩やかですが、これは単に「力を抜く」のとは違います。
口の周りの筋肉は使いつつ、唇(特に下唇)をガチガチに固めない柔軟さが必要です。
サブトーンの練習
ジャズ・サックスの代名詞とも言えるのが、「サブトーン」という息漏れの多い、ささやくような音色です。
これは、意図的に息を多めにリードに当てることで生み出されます。
最初は「スー」という息の音ばかりになってしまうかもしれませんが、息の音と楽器の音のバランスが取れるポイントを探す練習が必要です。
特にバラードなどを演奏する際には欠かせない技術ですね。
アーティキュレーション
ジャズのリズム感、いわゆる「スウィング」を表現するために、アーティキュレーション(音の区切り方や表情の付け方)が非常に重要です。
ジャズでは裏拍(オフビート)にアクセントを置くことが多く、タンギング(舌を使って音を区切る)の使い方もクラシックとは異なります。
初心者向けのマウスピース選び
実は、ジャズ・サックスの音色は、楽器本体よりも「マウスピース」と「リード」の組み合わせで決まる部分が大きいと言われています。
クラシック用のマウスピースは、内部が狭く設計されており、コントロールしやすく澄んだ音が出やすいのが特徴です。
一方、ジャズ用のマウスピースは内部が広く作られていたり(チェンバー)、息が当たる部分(バッフル)が独特の形状をしていたりします。
素材もハードラバー(エボナイト)製からメタル(金属)製までさまざまです。
メタル製は派手でパワフルな音というイメージがありますが、実際には内部の設計次第です。
初心者の場合、まずは楽器本体(ヤマハやヤナギサワのエントリーモデルなど、信頼できるメーカーのもの)はスタンダードなものを選び、マウスピースをジャズ用の定番モデル(メイヤーやオットーリンクなど)に交換するのが、理想の音に近づく近道かもしれません。
アドリブソロの練習方法
ジャズの華であるアドリブ(即興演奏)は、多くの学習者にとって最大の壁であり、最大の目標でもありますね。
アドリブは才能だけで行うものではなく、理論と実践の積み重ねで習得していくものです。
耳コピと理論
最も重要な練習の一つが、「耳コピ」です。
憧れの奏者のフレーズを聴き、それをそのまま真似て吹いてみます。
この作業を通じて、ジャズ特有の「語彙(フレーズ)」やリズム感を身体に染み込ませていくわけです。
同時に、なぜそのフレーズがかっこよく響くのかを理論的に理解することも助けになります。
コード進行に対してどの音(コードトーンやテンションノート)を使っているのかを分析することで、他の曲にも応用できるようになります。
まずはブルース進行や、覚えやすいスタンダード曲から始めて、少しずつ自分の「語彙」を増やしていくのが着実な道だと考えられます。
ジャズ特有のリズム感である「スウィング」や「裏拍」の概念を理解することも、アドリブ演奏には不可欠です。

ジャズ・サックスの名演と奏者

ジャズ・サックスの技術や理論を学ぶと同時に、素晴らしい「音楽」として楽しむことも非常に重要です。
歴史を作ってきた偉大な奏者たちを知り、彼らの名演に触れることで、自分の目指す音のイメージがより明確になります。
必聴の有名サックス奏者たち
ジャズの歴史は、革新的なサックス奏者たちの歴史そのものと言っても過言ではありません。
全員を紹介することはできませんが、まずは知っておきたい巨人たちをピックアップします。
- コールマン・ホーキンス (テナー)
「テナー・サックスの父」。彼以前は伴奏楽器のイメージもあったサックスを、重厚なトーンでソロ楽器の主役に押し上げました。 - レスター・ヤング (テナー)
ホーキンスとは対照的に、軽やかでリラックスしたクールなスタイルの創始者です。 - ジョニー・ホッジス (アルト)
デューク・エリントン楽団のスター奏者。官能的で甘美なトーンは唯一無二です。
もちろん、後述するチャーリー・パーカーやジョン・コルトレーンも、絶対に外すことはできません。
まず聴くべき定番の名曲
奏者の名前は知らなくても、曲は聴いたことがある、というケースも多いでしょう。
ジャズ・サックスが主役の、誰もが知る名曲をいくつか紹介します。
- 「Take Five (テイク・ファイブ)」(ポール・デズモンド)
デイヴ・ブルーベック・カルテットによる、5拍子のジャズとしてあまりにも有名な曲です。ポール・デズモンド(アルト)のリリカルで知的な音色が印象的です。 - 「Blue Train (ブルー・トレイン)」(ジョン・コルトレーン)
コルトレーン(テナー)の初期の代表作。ブルージーで力強いテーマは、一度聴いたら忘れられません。 - 「Body and Soul (ボディ・アンド・ソウル)」(コールマン・ホーキンス)
多くの奏者が演奏するバラードの定番ですが、特にホーキンスによる1939年の演奏は、ジャズ・アドリブの教科書とされています。
これらの曲は、ジャズ・スタンダードとして多くのミュージシャンに愛され続けています。
ジャズの名曲についてもっと知りたい方は、こちらの記事も参考になるかと思います。

ビバップ革命とチャーリー・パーカー
1940年代、ジャズは大きな転換点を迎えます。
それが「ビバップ」革命です。
それまでのダンス音楽(スウィング・ジャズ)から、即興演奏を主体とする鑑賞のための芸術音楽へと進化しました。
その中心にいたのが、アルトサックス奏者のチャーリー・パーカー(愛称:バード)です。
彼は、スタンダード曲のコード進行を基に、それまで誰も聴いたことのないような複雑なハーモニーと超絶的なスピードのフレーズを紡ぎ出しました。
彼のアプローチは、その後のジャズ・アドリブの概念を根本から変えたと言えます。
パーカーの登場以降、ジャズ・サックスの奏法は飛躍的に進化したわけです。
ビバップというジャンルについて詳しく知ることは、パーカーの偉大さを理解する上で非常に役立ちます。

モダンジャズを牽引した巨人たち
ビバップ以降、ジャズはさらに多様化していきます。
特にテナー・サックスは、多くのスタープレイヤーを生み出しました。
- ソニー・ロリンズ (テナー)
「サキソフォン・コロッサス(サックスの巨人)」の名にふさわしい、力強く豪快なブロウが特徴です。有名な『Saxophone Colossus』は、ジャズ入門にも最適な名盤ですね。 - ジョン・コルトレーン (テナー/ソプラノ)
ビバップからモード・ジャズ、フリー・ジャズへと、常にジャズの最先端を走り続けた求道者です。「シーツ・オブ・サウンド」と呼ばれる圧倒的な音数で空間を埋め尽くす奏法は圧巻です。 - キャノンボール・アダレイ (アルト)
パーカーの系譜を受け継ぎつつ、ブルースやゴスペルの要素を取り入れた「ファンキー・ジャズ」スタイルを確立。その演奏は生命力にあふれています。
心に響くジャズ・サックスの世界

この記事で解説してきた、ジャズ・サックスの重要なポイントをまとめます。
- ジャズ・サックスの音色は奏者の「声」そのもの
- クラシックとはアンブシュア(口の形)が根本的に異なる
- ジャズは緩やかなアンブシュアで豊かな表現を生み出す
- アルトサックスは明るく華やかな音色
- テナーサックスは太くハスキーな音色
- 初心者も音色の好みでアルトかテナーを選ぶのが良い
- かっこいい音の秘訣はサブトーンやビブラートにある
- ジャズのリズムは裏拍(オフビート)が重要
- 音色を大きく左右するのはマウスピースの選択
- ジャズ用マウスピースは内部構造がクラシック用と違う
- アドリブ練習の基本は「耳コピ」
- 耳コピでジャズの「語彙」を増やす
- アドリブにはコードトーンなど理論の理解も役立つ
- チャーリー・パーカーはビバップ革命の中心人物
- ジョン・コルトレーンやソニー・ロリンズはモダンジャズの巨人










