ジャズを聴いていると、時折キラキラとした、それでいて温かみのある金属音が聴こえてくることがありますね。
それがジャズ・ビブラフォンです。
この楽器、見た目は鉄琴に似ていますが、その構造や奏法はまったく異なります。
私自身、初めてその音色を意識した時、ピアノやギターとも違う独特の存在感に強く惹かれました。
ビブラフォンにはどのような奏法があり、鉄琴とは具体的に何が違うのでしょうか。
また、4本マレットを操る奏者の姿は圧巻ですが、どのようなテクニックが使われているのかも気になるところです。
歴史を紐解けば、ライオネル・ハンプトンやミルト・ジャクソンといった巨匠たちが道を開き、ゲイリー・バートンやボビー・ハッチャーソンがその表現を革新してきました。
この記事では、そんなジャズ・ビブラフォンの基本的な構造から、ペダルやマレットを使った専門的な奏法、歴史的な名盤、そして活躍する日本人奏者や東京で学べる場所まで、幅広く掘り下げていきます。
この記事を読むことで、以下の点についての理解が深まります。
- ビブラフォンの構造と鉄琴との決定的な違い
- ペダルや4本マレットなどの特徴的な奏法
- 歴史を作った巨匠たちと聴くべき名盤
- 日本で活躍する奏者と東京での学び方
ジャズ・ビブラフォンの基本と奏法

ジャズ・ビブラフォンは、メロディ、ハーモニー、リズムの全てをこなせる懐の深い楽器です。
その独特の響きは、アンサンブルに特別な色彩を与えてくれますね。
ここでは、その楽器の基本的な仕組みと、ジャズで使われる特有の奏法について見ていきましょう。
楽器の構造と鉄琴との違い
ビブラフォンは、その名前(Vibra-Phone)が示す通り「振動する音」が特徴の鍵盤打楽器です。
金属製の音板の下には共鳴管が吊り下げられており、この管の上部にはモーターで回転する羽根(ファン)が設置されています。
この羽根が回転することで、あの独特の「ワウワウ」というビブラート効果が生まれるわけです。
よく「鉄琴」と混同されがちですが、両者は明確に異なります。
- 鉄琴(グロッケンシュピール)との違い
学校などで見かける鉄琴は、共鳴管やビブラート機構、そして次に解説するダンパー・ペダルを持ちません。音色もより高く、鋭いのが特徴です。 - マリンバ(木琴)との違い
構造は似ていますが、音板の素材が根本的に違います(マリンバは木製)。この素材の違いが、演奏の考え方にも影響を与えているのは興味深い点です。 - マリンバ(木)
音がすぐに消えるため、ロール(連打)で音を持続させようとします。 - ビブラフォン(金属)
音が長く持続するため、「いかに不要な音を止め、響きをコントロールするか」が重要になります。
ペダルとマレット・ダンピング奏法
ビブラフォンの表現力を支える最も重要な機構が、ピアノのサステイン・ペダルに似た「ダンパー・ペダル」です。
ペダルを踏むと音板全体の振動が解放されて音が響き続け、離すとダンパー・バーが音板に触れて音が止まります。
このサステイン(持続音)の芸術的なコントロールこそが、ジャズ・ビブラフォンの核心と言えますね。
しかし、ビブラフォンはピアノと違って「立って」演奏します。
この「立奏楽器でありながらペダル操作が必須」という点が、独特の難しさを生んでいます。
多くの奏者は、右足の踵(かかと)で体を支えつつ、つま先側で繊細なペダリングを行い、自由な左足で移動時のバランスを取るという高度な身体操作を行っています。
さらに、ペダル操作(全体制御)と並んで重要なのが、「マレット・ダンピング」という技術です。
これは、ペダルを踏んで音を響かせている状態でも、マレット(バチ)や手を使って「特定の音だけ」を選んで消す(ミュートする)高等技術です。
例えば、左手で弾いた和音はペダルで響かせつつ、右手で弾くメロディはマレット・ダンピングですぐに音を切り、スタッカートで演奏する、といったことが可能になります。
この「引き算の美学」とも言える音響制御こそが、ビブラフォンが多声的な表現を獲得した理由と考えられます。
4本マレット奏法とグリップ
現代のジャズ・ビブラフォン奏者の多くは、両手に2本ずつ、合計4本のマレットを持って演奏します。
これにより、ピアノのように和音や対位法的なラインを同時に奏でることが可能になりました。
この「4本マレット奏法」を安定して行うために、いくつかの「グリップ(持ち方)」が考案されています。
代表的な2つのグリップには、以下のような特徴があります。
| グリップ名 | 特徴と概要 | メリット | デメリット |
|---|---|---|---|
| トラディショナル・グリップ | 2本のマレットを人差し指と中指の間でクロスさせる伝統的な持ち方。 | ・マレット同士を広げやすい ・独立性が高い | ・力が乗りづらい ・操作の習熟が難しい |
| バートン・グリップ | 2本のマレットを中指を軸に挟み、人差し指と薬指で操作する持ち方。 | ・程よく力が乗る ・独立性が高い ・マレット同士を広げやすい | ・独立性に対して重みが乗りづらい |
どちらのグリップを選ぶかは、奏者の音楽的な目的や、演奏する楽器(ビブラフォンかマリンバか)によっても変わってくるようです。
ライオネル・ハンプトンの功績
ジャズ・ビブラフォンの歴史を語る上で、ライオネル・ハンプトンは欠かせない存在です。
1930年代に、彼はこの楽器をジャズのアンサンブルに本格的に持ち込みました。
彼のスウィング感あふれるエネルギッシュな演奏は、ビブラフォンを単なる伴奏楽器ではなく、ジャズの「ソロ楽器」としての地位に押し上げた最大の功績と言えるでしょう。
ミルト・ジャクソンとブルージーな音
ライオネル・ハンプトンが開拓した道をさらに進め、モダン・ジャズの時代にビブラフォンの新たな魅力を確立したのがミルト・ジャクソンです。
彼は「モダン・ジャズ・カルテット(MJQ)」の顔として、その名を世界に知らしめました。
彼の最大の特徴は、モーターによるビブラートを効果的に使った、温かく「ブルージー」な音色です。
テクニックを誇示するのではなく、歌心あふれるメロディ(フレージング)で聴衆を魅了し、ビブラフォンの音色=ミルト・ジャクソンの音色、というイメージを決定づけた巨匠ですね。
ジャズ・ビブラフォンの名手と名盤

ミルト・ジャクソン以降、ジャズ・ビブラフォンは二人の革新的な巨匠によって、その表現領域を劇的に広げました。
彼らの登場以降、ビブラフォンはジャズにおいてピアノやギターと並ぶ、主要なハーモニー楽器としての地位を確立したと考えられます。
ここでは、その巨匠たちと、彼らが残した名盤について紹介します。
ジャズの名盤を探している方は、こちらの記事も併せてご覧ください。

現代奏法の父ゲイリー・バートン
ゲイリー・バートンは、ジャズ・ビブラフォンの「第一人者」と称される、まさに現代奏法の父です。
彼の最大の功績は、4本マレット奏法を「ピアノのように」和声的かつ対位法的に演奏する技術として完全に体系化したことです。
彼が登場するまで、ビブラフォンは主にメロディを演奏するホーン楽器(サックスやトランペット)に近い役割でした。
しかし、バートンの技術は、ビブラフォンがコード伴奏(コンピング)もソロもこなせる「ハーモニー楽器」へと昇華させたのです。
1960年代にサックス奏者のスタン・ゲッツが、当初探していたギタリストの代わりにバートンをバンドに迎えたエピソードは、この楽器の役割の変化を象徴していますね。
彼の演奏は、モーターのビブラートを使わないクリスタル・クリアなトーンと、リリカル(叙情的)で緻密なスタイルが特徴です。
特にピアニストのチック・コリアとのデュオ作品『Crystal Silence』 (1972年) は、そのサウンドの頂点とも言える名演です。
革新者ボビー・ハッチャーソン
ゲイリー・バートンと並び称されるもう一人の巨匠が、ボビー・ハッチャーソンです。
彼は1960年代のブルーノート・レコードを拠点に、モード・ジャズやポスト・バップといった、より先鋭的なジャズの最前線で活躍しました。
バートンのクールで明晰なスタイルとは対照的に、ハッチャーソンの演奏はより情熱的でパーカッシブな側面を持っています。
彼の真価は、音響的に密度の高いアンサンブルの中で発揮されました。
例えば、マッコイ・タイナー(ピアノ)のような重厚な和音を鳴らすプレイヤーと共演する際、ビブラフォンが単に和音を重ねるだけでは音が濁ってしまいます。
ハッチャーソンは、ビブラフォンをメロディやハーモニーとしてだけでなく、アンサンブル全体に緊張感や色彩を与える「テクスチャ(質感)」として機能させました。
彼の音には、他の楽器とスリリングに交錯するための「隙間」があり、その高度な音響的センスが、モダン・ジャズにおけるビブラフォンの新たな可能性を切り開いたと言えるでしょう。
必聴のジャズ名盤ガイド
ビブラフォンの多様な魅力を知るために、まずは聴いておきたい名盤をいくつかピックアップします。
| アルバム名 | アーティスト名 | リリース年 | スタイル / 聴きどころ |
|---|---|---|---|
| Happenings | ボビー・ハッチャーソン | 1966年 | モード・ジャズ / ポスト・バップ モダン・ジャズ・ビブラフォンの決定的名盤。スリリングなインタープレイと表現の幅広さに圧倒されます。 |
| Dreams So Real | ゲイリー・バートン | 1976年 | コンテンポラリー・ジャズ (ECM) バートンの代表作の一つ。4本マレットによるリリカルで透明感のある演奏が堪能できます。 |
| The Best of the Blue Note Years | ボビー・ハッチャーソン | 2001年 (編集盤) | モダン・ジャズ / ポスト・バップ ブルーノート時代のハッチャーソンの重要曲を網羅できるベスト盤。彼の革新的なアプローチの軌跡をたどれます。 |
活躍する日本人奏者たち
日本国内にも、素晴らしいジャズ・ビブラフォン奏者が多く活躍しています。
例えば、赤松敏弘氏は、国内外で精力的に演奏活動を行うと同時に、「Vibraphone Connection Clinic」を開催するなど、後進の指導にも熱心な実力派として知られています。
また、山田あずさ氏は、マリンバ・ビブラフォン奏者として都内のライブハウスで活発に演奏活動を展開しつつ、中野区で自身の音楽教室を主宰されています。
さらに、阿見紀代子氏のように、自身も卓越したプレイヤーでありながら、東京・大泉学園でジャズクラブ「Ami's Bar」を経営し、ジャズ・コミュニティの維持に貢献されている方もいます。
このように、演奏活動と教育活動、あるいはコミュニティの場作りを並行して行っている方が多いのも、日本のジャズ・ビブラフォン・シーンの特色かもしれませんね。
東京でビブラフォンを学ぶには
ジャズ・ビブラフォンの魅力を本当に理解するには、やはり生演奏に触れるのが一番です。
東京で生演奏を聴く
都内には、ビブラフォン奏者の演奏を聴けるジャズクラブやライブハウスが数多くあります。
こうしたジャズバーやライブハウスでの体験は、きっと格別なものになるはずです。
東京のジャズバーについてもっと知りたい方は、こちらのガイドも役立つかもしれません。

楽器の学習と入手
もし自分で演奏してみたくなったら、専門の教室でレッスンを受けるのが上達への近道です。
- 東京都世田谷区(成城学園前)
小田急線・成城学園前駅徒歩1分にあるジャズ専門音楽教室「正木彩生ミュージックスクール」では、初心者向けのヴィブラフォンレッスンが用意されています。 - 東京都中野区
前述のヴィブラフォン奏者・山田あずさ氏が主宰する「山田あずさ マリンバ・ビブラフォン教室」では、マンツーマンでじっくり学べるレッスンが受けられます。
楽器本体については、YAMAHA(ヤマハ)などのメーカーから新品が販売されていますが、非常に高価な楽器であることも事実です。
中古市場やフリマサイトでも見かけることがありますが、ビブラフォンはダンパー・ペダル機構や共鳴管、モーターといった複雑な機構が正常に動作することが前提の楽器です。
写真だけでその状態を判断するのは極めて困難と言えます。
もし中古での購入を検討される場合は、専門的な知識が求められます。
安価な出品には十分注意し、可能であれば楽器店やリペアの専門家に相談するのが賢明でしょう。
奥深いジャズ・ビブラフォンの魅力
ジャズ・ビブラフォンの世界について、基本的な構造から奏法、歴史、そして現代のシーンまで駆け足で見てきました。
最後に、この記事のポイントをまとめます。
- ジャズ・ビブラフォンは金属音板と共鳴管、モーターを持つ鍵盤打楽器
- 鉄琴(グロッケンシュピール)とは共鳴管やダンパーの有無が異なる
- マリンバ(木琴)とは素材が異なり「音を止める」技術が重要
- ダンパー・ペダルによるサステイン制御が表現の核
- 立ってペダルを操作するため、高度な身体制御が求められる
- マレット・ダンピングは不要な音を選択的に消す技術
- 現代では4本マレット奏法が主流
- グリップにはトラディショナル式やバートン式などがある
- ライオネル・ハンプトンがジャズのソロ楽器として確立
- ミルト・ジャクソンはブルージーな音色で一時代を築いた
- ゲイリー・バートンは4本マレット奏法を体系化しハーモニー楽器へと昇華
- ボビー・ハッチャーソンはモード・ジャズでテクスチャとしての役割を開拓
- 名盤として『Happenings』や『Dreams So Real』が挙げられる
- 日本にも赤松敏弘氏や山田あずさ氏など優れた奏者が多数活躍している
- 東京では新宿PIT INNやAmi's Barなどで生演奏を聴くことができる
- 世田谷区や中野区には専門の音楽教室もある
- 中古楽器の購入は複雑な機構のため、専門知識が必要










