ジャズという音楽を聴いていると、低く、深く、そしてリズミカルに響く「ジャズ・ウッドベース」の存在に気づきます。
その音色は、バンド全体を支える心臓のようでもあり、時にメロディを歌う主役のようでもありますね。
私自身、ジャズに興味を持ち始めた頃、この楽器の魅力に引き込まれました。
しかし、ジャズ・ウッドベースが具体的にどのような役割を担っているのか、エレキベースとの違いは何か、そして歴史的にどのような名手たちが名盤を残してきたのか、知りたいことが次々と出てきました。
また、もしこの楽器の「始め方」から知りたいと思っても、初心者向けの練習法や教則本、楽器の選び方、必要なピックアップや弦、さらには値段や予算感について、情報が分散していると感じるかもしれません。
この記事では、ジャズ・ウッドベースの基本的な知識から、具体的な始め方まで、幅広く情報を整理していきます。
- ジャズ・ウッドベースのアンサンブルでの役割
- 歴史を築いた名手と聴くべき名盤
- 楽器の選び方から必要な予算と道具
- ピックアップやメンテナンスに関する知識
ジャズ・ウッドベースの役割と歴史的名手

ジャズ・アンサンブルにおいて、ウッドベースは「大黒柱」や「心臓」と例えられることが多いですね。
このセクションでは、その具体的な役割、基本的な奏法、そしてジャズの歴史を築いてきた偉大なベーシストたちと、彼らの演奏が聴ける名盤について見ていきましょう。
ジャズにおけるベースの3つの役割
ジャズ・アンサンブルにおけるウッドベースの役割は、大きく分けて3つあると考えられます。
第一に「リズムを刻む」役割です。
ジャズ、特にスウィング・ジャズの根幹となる「4ビート」(フォービート)は、ベースによって生み出されます。
等間隔で力強く弾かれるベース音は、バンド全体に推進力、つまり「グルーヴ」を与えるわけです。
第二に「ハーモニーを支える」役割。
ベースは、ピアノやギターが奏でる和音(コード)の土台となる「ルート音」(根音)を演奏します。
この低音が安定することで、アンサンブル全体のハーモニーが成立します。
ジャズは複雑なコード進行が多いため、ベーシストが選ぶ音が、その場の響きを決定づける重要な要素となります。
第三に「ソロで個性を表現する」役割です。
上記の2つが伴奏としての役割だったのに対し、こちらはメロディ楽器として即興演奏(アドリブ・ソロ)を行います。
リズムやハーモニーの制約の中で、ベーシスト自身の音楽性や個性を表現する見せ場と言えますね。
基本となるピチカート奏法とは
ジャズ・ウッドベースの演奏のほとんどは、「ピチカート奏法」によって行われます。
これは、クラシックのコントラバスで基本となる、弓(ボウ)で弦をこする「アルコ奏法」とは対照的です。
ピチカート奏法は、指で直接弦をはじいて音を出します。
なぜジャズでピチカート奏法が主流なのでしょうか。
それは、指ではじくことで「アタック」(音の立ち上がり)が明確になり、減衰(音が消えていく様)も早くなるため、リズミカルな表現に非常に適しているからです。
この「ブンッ」というアタック音と、短く歯切れの良い低音が、ジャズ特有のスウィング感を生み出すのに不可欠だと考えられます。
ジャズ史を彩るウッドベースの名手たち
ジャズの歴史は、革新的なベーシストたちが、その奏法と役割を拡張してきた歴史でもあります。
ここで、特にモダン・ジャズのスタイルを確立した巨人たちを紹介します。
- ポール・チェンバース (Paul Chambers)
1950年代から60年代のモダン・ジャズ・シーンで最も重要なベーシストの一人です。彼の4ビートは基本に忠実でありながら非常に「歌って」おり、強靭なビートでアンサンブルを支えました。また、ジャズ・ソロに本格的に「アルコ(弓)奏法」を取り入れた名手としても知られています。 - レイ・ブラウン (Ray Brown)
ジャズ・ベースの「巨匠」と呼ばれ、その圧倒的なスウィング感と「歌う」ベースラインは、後世のベーシストの模範とされています。オスカー・ピーターソン・トリオでの演奏は特に有名ですね。 - ロン・カーター (Ron Carter)
ポール・チェンバースの後任としてマイルス・デイヴィス・クインテットに参加。洗練されたハーモニー感覚と、サスティーンの長い独特な「ブニブニ音」とも評されるトーンが特徴です。 - スコット・ラファロ (Scott LaFaro)
ジャズ・ベースの「革命児」です。ビル・エヴァンス・トリオにおいて、ベースを単なる伴奏楽器から、ピアノやドラムと「対等に対話する」楽器へと引き上げました。彼の登場によって、ベースの役割そのものが再定義されたと言えます。 - チャールズ・ミンガス (Charles Mingus)
偉大な作曲家・バンドリーダーであると同時に、非常に個性的なベーシストです。その演奏は攻撃的とも評されるパーカッシブなトーンが特徴で、強烈な個性で知られています。
聴くべきジャズ・ウッドベース名盤
名手たちの演奏は、具体的なアルバムを通じてその真価を理解することができます。
ウッドベースの魅力と進化が凝縮された名盤をいくつかピックアップします。
- ビル・エヴァンス・トリオ 『Waltz for Debby』 (1961年)
(ベーシスト: スコット・ラファロ)
ジャズ・ベースの歴史が変わった瞬間を記録した名盤です。ベースが伴奏を超え、ピアノ、ドラムと「対等に対話」するインタープレイの頂点がここにあります。 - マイルス・デイヴィス 『Kind of Blue』 (1959年)
(ベーシスト: ポール・チェンバース)
ジャズ史上最も有名なアルバムの一つ。チェンバースのベースは派手ではありませんが、モード・ジャズという新しい音楽形態を、抑制的かつ音楽的に支えるという重要な役割を果たしています。 - オスカー・ピーターソン・トリオ 『We Get Requests』 (1964年)
(ベーシスト: レイ・ブラウン)
レイ・ブラウンの「歌うベースライン」の真骨頂が味わえます。ベースラインそのものがメロディのように響き、聴いていて非常に心地よいですね。
ジャズの定番曲をもっと知りたい方へ
ジャズには、時代を超えて愛される多くの「名曲」があります。
ウッドベースの響きに耳を傾けながら、ジャズのスタンダードナンバーに触れてみるのもおすすめです。

エレキベースとの違いとスラップ奏法
ジャズ・ウッドベース(コントラバス)と、ロックやポップスでよく見かけるエレクトリック・ベース(エレキベース)の最も決定的な構造上の違いは、「フレット」の有無です。
エレキベースはギターのように音程を区切る金属製のフレットがありますが、ウッドベースにはそれがありません(フレットレス)。
このフレットレス構造こそが、ウッドベース特有の「歌う」ような滑らかな音程表現や、微妙な音程の揺れを可能にしているわけです。
また、「スラップ奏法」という言葉にも注意が必要です。
一般的に「スラップ」と聞くと、ファンクなどで聴かれるエレキベースの奏法(チョッパー)を思い浮かべる方が多いかもしれません。
しかし、ウッドベースの文脈での伝統的なスラップは、ロカビリーなどで用いられる、弦を指板に叩きつけて「バチン」という打楽器的な音を出す奏法を指します。
ジャズ・ウッドベースの伝統的な奏法はあくまでピチカートであり、スラップ奏法が使われることは稀ですが、スタンリー・クラークのような一部の奏者は、エレキベースのテクニックをウッドベースに応用し、超絶技巧として披露することもあります。
「ジャズベース」という名前のエレキベース
ちなみに、「ジャズベース(ジャズベ)」と呼ばれるフェンダー社のエレクトリック・ベースも存在します。
これはジャズ・ウッドベース(コントラバス)とは全く別の楽器です。

ジャズ・ウッドベースの始め方と練習法

そのルックスとサウンドに憧れ、「自分でも弾いてみたい」と考える方もいらっしゃるかもしれません。
ウッドベースはプレイヤーが少ないため、演奏できるとジャズ・セッションなどでも重宝される存在です。
ここでは、初心者が楽器を始める際の選び方、予算、練習法などについて解説します。
ウッドベース初心者の楽器の選び方
ウッドベース(コントラバス)は、その製造方法によって大きく「合板(ベニヤ)」と「単板(カーブド)」に分けられます。
- 合板(ベニヤ)
複数の薄い板を貼り合わせて成形したものです。メリットは、耐久性が高く、湿度や温度の変化に強いこと。また、比較的安価です。音響的には、音が減衰しやすくアタックが明確なため、ジャズのピチカート奏法に向いているとされます。 - 単板(カーブド)
ヴァイオリンのように、一枚の厚い板を削り出して成形したものです。豊かで複雑な響きを持ち、特にアルコ(弓)奏法で真価を発揮します。ただし、高価でデリケートなため、管理に注意が必要です。
初心者がジャズでの使用を主眼に置く場合、耐久性とコスト、そしてジャズ向きの音響特性を考慮し、「合板」または表板だけが単板の「ハイブリッド」モデルが選ばれることが多いようです。
始めるために必要な予算と道具
ウッドベースを始めるにあたり、予算感には注意が必要です。
インターネットで「ベース 始める 予算」などと検索すると、「最低25,000円~」といった情報が見つかることがありますが、これはほぼ確実にエレクトリック・ベースの予算です。
ウッドベースは大型の木工楽器であり、専用のアクセサリーも大型になります。
現実的には、エントリーモデルの本体と必須アクセサリー一式を揃える場合、数十万円単位(例えば15万円~30万円程度)の初期投資を見込むのが妥当と考えられます。
ここに示す予算は、あくまで一般的な目安の一つです。楽器の価格は、新品・中古、製造国、メーカーによって大きく変動します。正確な情報や、ご自身の目的に合った楽器の選定については、必ず楽器店の専門スタッフや音楽教室の講師など、専門家にご相談ください。
最初に揃えるべき必須道具
楽器本体以外にも、演奏やメンテナンスのために以下の道具が必要になります。
- 弓
ジャズはピチカートが主ですが、基礎練習やアルコ奏法のために必要です。 - 松脂(まつやに)
弓の毛に塗り、弦との摩擦を生むために必須です。ウッドベース専用の粘度が高いものを選びます。 - チューナー
音程を合わせる必需品。楽器の振動を直接感知する「クリップ式」が便利です。 - メトロノーム
リズム感を養うための基礎練習に不可欠です。 - 楽器スタンド
大きな楽器を安全に保管するために必要です。 - コントラバスケース
埃や傷、湿度変化から楽器を守ります。運搬も考慮するならクッション性の高いギグバッグが良いでしょう。 - 運搬用の車輪(ホイール)
楽器が大きいため、徒歩での移動には必須とも言えます。 - お手入れ道具(クロス)
「松脂用」と「手汗用」に最低2枚は用意することが推奨されます。
おすすめの教則本と練習ステップ
ウッドベースはフレットレス楽器であり、正しい音程やフォームを独学で身につけるのは困難な面もあります。
可能であればプロの指導者(音楽教室など)に習うのが上達への近道と言えますね。
独学で進める場合、以下のような教則本が定番とされています。
- 『ジャズ・スタンダード・バイブル』(通称:黒本)
厳密には教則本ではなく「楽譜集」ですが、ジャズ・セッションの定番曲が網羅されており、ジャズを学ぶ上で必須とされます。 - 『Ray Brown’s Bass Method』
あの巨匠レイ・ブラウン本人による教則本です。スケールの基本練習や分散和音(アルペジオ)が中心で、地道に取り組むことで確実な基礎力が身につくとされています。
ウォーキングベースラインの作り方
ジャズの核であるウォーキング・ベースラインは、基本的に以下のステップで作られます。
- コード進行の確認
まず、曲のコード進行を正確に把握します。 - ルート音とコードトーン
各小節の1拍目にそのコードの「ルート音」を弾くのが基本です。他の拍では、コードの構成音(3度、5度、7度)を配置していきます。 - アプローチノート(半音階)
次の小節のコードへスムーズに繋ぐためのテクニックです。次の小節の1拍目(着地点)の音に向かって、その直前で半音上または半音下からアプローチする(経過音を入れる)ことで、ラインにジャズ特有の滑らかさが生まれます。
ジャズ・セッションの定番曲集「黒本」
ウォーキングベースラインを練習するには、実際の曲のコード進行を使うのが一番です。
セッションの定番曲を網羅した「黒本(ジャズ・スタンダード・バイブル)」は、ベーシストにとっても必携の一冊です。

必須機材ピックアップの選び方
ウッドベースの生音は、ドラムや管楽器の入ったバンドの中では小さすぎます。
そのため、ライブやレコーディングでは音を増幅する「ピックアップ」が必要になります。
ここで、非常に重要な注意点があります。
「ジャズ ウッドベース ピックアップ」と検索すると、フェンダー社のエレクトリック・ベースである「ジャズベース(ジャズベ)」用のピックアップ情報(デュアルコイル、アクティブPUなど)が混在して表示されることがあります。
これらは全く異なる楽器のパーツですので、絶対に混同しないでください。
ジャズ・ウッドベース(コントラバス)で使用されるピックアップは、主に以下のタイプです。
- ピエゾ・ピックアップ:
駒(ブリッジ)やボディの振動を電気信号に変えるタイプです。最も一般的で、取り付けが簡単なモデルも多くあります。 - コンデンサー・マイク
楽器の生音そのものをマイクで拾うタイプです。最も自然な音色が得られますが、ハウリング(スピーカーからの音をマイクが拾ってしまい「キーン」と鳴る現象)に弱いという側面もあります。
ウッドベース用のピックアップを探す際は、必ず「コントラバス用」または「アップライトベース用」と明記された、ピエゾ・ピックアップや専用マイクを選ぶ必要があります。
重要な楽器のメンテナンスと保管
ウッドベースは、木材と、それらを接着する膠(にかわ)でできており、湿度と温度の変化にとても弱いデリケートな楽器です。
保管方法
演奏しない時は、埃や急激な湿度変化から守るため、ケースに入れて保管するのが基本です。
長期間(年単位)演奏しない場合は、弦の強い張力による楽器への負荷を避けるため、弦を少し緩める必要があります。
ただし、緩めすぎると楽器内部の「魂柱(こんちゅう)」という突っ張り棒が倒れてしまう危険があります。
緩めるとしても「半音、どんなに大きく下げても1音程度」に留めるのが適切とされています。
トラブル発生時は専門のリペア工房へ
ウッドベースは、季節の変化や運搬の衝撃で、音や弾き心地(弦高)が容易に変化します。
また、弓の毛は消耗品であり、定期的な「毛替え」が必要です。
これらの調整や修理は、専門的な技術を要します。
トラブルが発生した場合や、定期的なメンテナンスは、ギターショップなどではなく、コントラバスを専門に扱うリペア工房に相談することが不可欠です。
楽器のメンテナンス、特に弦の張力や魂柱に関する調整は、誤った方法で行うと楽器に深刻なダメージを与える可能性があります。長期保管の方法やコンディションの維持については、自己判断せず、必ず購入した楽器店や専門のリペア工房にご相談ください。
奥深いジャズ・ウッドベースの世界

- ジャズ・ウッドベースはコントラバスと同一の楽器
- ジャズやポピュラー音楽での俗称がウッドベース
- エレキベースとの最大の違いはフレットの有無
- ジャズでの主な奏法はピチカート奏法
- ピチカートはアタックが明確でリズム表現に適している
- ジャズでの役割はリズム、ハーモニー、ソロの3つ
- 4ビートを刻みグルーヴを生み出すのが心臓部の役割
- ルート音を弾きハーモニーの土台を支える
- モダン・ジャズの礎を築いた名手たちがいる
- ポール・チェンバース、レイ・ブラウン、ロン・カーターがBIG 3
- スコット・ラファロはベースの役割を革新した
- 初心者の楽器選びでは「合板」が選択肢になる
- 予算はエレキベースと混同してはならない
- 弓、松脂、チューナー、スタンドなど必須道具が多い
- ピックアップは「コントラバス用」のピエゾを選ぶ
- 「ジャズベース(エレキ)」用と混同しないこと
- ウッドベースは湿度や温度に弱いデリケートな楽器
- メンテナンスや調整は専門のリペア工房に相談する










